第183話 眠れぬ夜

「ダメだ……」


 リンカと別れ、ベッドに横になったが、なかなか寝つけない。

 どうも眠れなそうなので、ベッドから降りる。


 どうしようか――。


 リンカの部屋は絶対に無理。

 そういえばと、昼間ナミリアさんに誘われたことを思い出す。

 でも、さすがに、彼女の部屋を訪れるわけにはいかない。

 どこまで冗談か分からないし、昼間彼女が言ってたように、俺が行ったら冗談じゃなくなるかもしれない。


 散歩でもするか――。


 エムピーが熟睡しているのを確認し、俺は部屋を出る。

 リンカのことはしばらく考えないようにしよう。


 宿を後にして、暗い通りを歩く。

 外に出ると夜風が火照りを冷ましてくれた。


 昼の街と夜の街はまったく別の顔だ。

 人々と同じく、昼間一生懸命に働いた街は、夜になると無責任に浮かれる。


 元パーティーにいた頃は、孤独を誤魔化すように、夜の街に出た。

 夜の街は、誰でも大歓迎で、俺もすんなりと受け入れてくれた。

 ひとりだけど、ひとりだからこそ、奴らと一緒にいるときよりも、孤独を感じずに済んだ。


 ――目的もなしにぶらぶらしていると、知った声に呼び止められる。


「おう、レント!」

「ロジャーさん」


 『流星群』のリーダー、ロジャーさんだ。


「ちょっと飲み足りなくてな、部屋で飲もうかと思ってたが、丁度いい。つき合えよ」

「いいですよ」


 今まで、パーティーの仲間と飲んでいたのだろう。

 彼は既に出来上がっているようで、声は陽気に揺れている。


 きっと、俺の顔を見て、察してくれたのだろう。

 こういう、さりげなさが彼の魅力で、人を惹きつけるのだ。

 俺は偶然の出会いに身を任せることにした。


 彼は慣れた足取りで裏通りへ入っていく。

 まるでこの街の住人のように。


「この街には来たことあるんですか?」

「いや、初めてだ」

「その割には、ずいぶんと慣れてますね」

「まあ、どこの街も同じようなもんだ」


 ロジャーさんは酒好きで、いつも二軒三軒とハシゴしている。

 知らない街でも匂いを嗅ぎつけられるのだろう。


「ここだ」


 案内されたのは裏通りのこぢんまりとした店だった。

 店内も薄暗く、通りとあまり変わらない。

 ロジャーさんの後を追い、店に入ると、カウンターの蝋燭がか弱く震えた。

 細く狭い店内には五人がけのカウンターに無口なオヤジが一人。

 これで商売が成り立つのか不安になるのだが、ロジャーさんのようにこういった店を好む者もそれなりにいるのだろう。

 客は誰もいないように見えたが、よく観察すると、暗い店内に溶け込むようにして、一人の男が静かにグラスを傾けていた。

 ロジャーさんが男に声をかける。


「おう、やっぱりここにいたか」


 目が慣れてくると、そこにいたのは『流星群』の一人、フーガさんだった。

 彼はこちらをチラリと見、軽く頷く。


「今日はご機嫌だな」


 フーガさんはいつも無表情で口数が少ない。

 というか、ほとんど喋らない。

 今も無愛想に頷いたようにしか見えなかったが、長年一緒のロジャーさんには違いが分かるのだろう。

 それくらいでないと、『流星群』ほどの一流パーティーにはなれないはずだ。


 俺たち『二重逸脱トゥワイス・エクセプショナル』は出会ったばかりで、当然、彼らの域には達していない。

 だけど、そのうちそうなりたいものだ。


「たまには、コッチにも顔出せよ」

「…………」


 ロジャーさんは「よっこいせ」とフーガさんの隣に腰を下ろす。

 フーガさんは嫌がる様子もない。

 自分から他人に近づこうとはしないが、他人に近づかれるのは嫌じゃないのか。

 それとも、ロジャーさんだからだろうか。


「あの、俺も……」

「ああ、気にすんな。コイツもそんなの気にしねえから」


 フーガさんを見ると、わずかに頷いたような気がした。


「では、失礼します」

「俺は強えヤツ。レントはどうする?」


 ロジャーの隣に座る。

 彼に尋ねられ、少し考える。

 明日のことがあるので控えようかとも思ったが、今夜は寝つくのに酒の力が必要だ。


「俺も同じので」


 酒場のオヤジもフーガさんに負けず劣らず無愛想だ。

 返事もせずに、黙ってグラスがふたつと、つまみのナッツが差し出された。

 グラスには蒸留酒スピリッツがなみなみと注がれている。


「おいおい、ケチケチすんなよ」


 ロジャーさんはカウンターに金貨を載せる。

 オヤジは黙って受け取ると、蒸留酒のボトルを出してきた。

 表情を変えることもなく、オヤジは無愛想なままだった。


「ナミリアが、残念がってたぞ」


 ロジャーさんの意外な言葉に俺は戸惑った。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ロジャーとフーガと(1)』


飯島しんごう先生によるコミカライズ2巻、2月9日発売です!



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