第181話 リンカと二人(1)


 自分の部屋に戻った俺は、ぐっすりと寝ているエムピーを俺の枕にそっと置く。

 俺の顔の横で寝るのが、彼女の定位置だ。

 魔道具の薄暗い明かりが彼女の片頬を照らす。

 ずっと見ていたくなる幸せそうな横顔だ。

 揺れる明かりに合わせるように、エムピーが寝返りを打った。


「それはエムピーのたこ焼きです~。取っちゃダメです~」


 どうやら、夢の中でもたこ焼きと戦っているようだ。

 誰がたこ焼きを取ろうとしたんだろうか?


 思わず頬が緩む

 彼女の髪を撫でると、指を掴まれた。

 そして、指をパクッと咥えられ、ガジガジと甘噛みされる。


「たこ焼き美味しいです~」


 無事にたこ焼きを取り戻せたようで、目元が蕩けている。

 しばらくされるがままにしていると、満足したのか、指が解放される。


「ごちそうさまです~」


 ヨダレが垂れたエムピーの口元を拭ってやり、自分の指も拭う。


 俺はベッドに腰を下ろし、シャノンズロッドを手に取る。

 明日の試練に備えて最終確認だ。

 昼間にも少し試し撃ちして分かったが、杖の効果はどれだけスムースに魔力を流せるかにかかっている。

 魔法を発動させるのではなく、魔力を流すだけならば、それほど魔力は消費しない。

 寝る前に軽く練習しておこうと、杖に魔力を流す。

 何度か繰り返し、納得がいった。


「さて、俺もシャワー浴びるか」


 シャワーを浴びながらも、思考は明日のことで占められる。

 いままでも大切なイベントの前は、シミュレーションしてきた。


 ――魔の試練。


 目の前に立ち塞がる青い壁。

 目を閉じて前回の場面を思い浮かべる。

 前回、ファイアトルネードでは傷ひとつつけられなかった。

 だが、今回は違う。

 青壁に向かい、今度はシャノンズロッドを構える。

 杖から発射された魔法が青壁を粉々に砕いた。


「よし、イメトレは十分だ」


 数回、イメトレを行い、成功を脳裏に焼き付ける。


 シャワーを浴びてスッキリしたところで――。


 ――コンコン。


 控え目なノックの音だ

 こんな時間に誰だろう。

 警戒しつつ声をかける。


「誰?」

「リンカです」

「今開けるよ」


 ドアを開けると、匂いが漂ってきた。

 ふわりと優しい春の花の香り。

 石けんの香り。

 湿しめった髪。

 ほんのりと上気した頬。


「夜遅くに、ごめんなさい。寝てました?」


 シャワーを浴びたリンカの上目遣いにドキッと心臓が跳ねる。

 寝間着姿の彼女に普段とは違う色気を感じる。

 気にしていないと平静を装い、彼女の問いに答える。


「いや、まだ起きてたよ」

「少しお邪魔しても、いいですか?」

「もちろん」

「失礼します」


 この部屋には備え付けの椅子はひとつだけ。

 彼女に椅子をすすめ、俺はベッドに腰掛ける。


「明日のこと?」

「いえ……その……」


 てっきり明日の試練について相談かと思っていたが、どうやら違うようだ。

 躊躇う彼女は定まらぬ視線で、なかなか俺と視線を合わせない。


「ちょっと、寝つけないので……」

「ああ、そっか。なら、つき合うよ」


 気持ちが昂ぶって眠れない。

 重要な戦いの前にはよくあることだ。

 誰かに話すことによって、気持ちが楽になる。


 俺も経験がある。

 といっても、パーティーメンバーではない。

 ガイたちに相談することはなく、ロジャーさんや先輩冒険者に話を聞いて貰った事が多々ある。


 リンカが俺を頼ってくれたようで嬉しい。

 だが、彼女はなかなか話を切り出さない。

 なので、俺から話題を振ってみる。


「ここのラメンはどうだった?」


 俺の言葉に、リンカの表情が和らぎ、彼女は俺と視線を合わせてくれた。


「スープは濁って獸臭かったです。でも、私はそっちの方が好きなので美味しかったです」


 ラメンはあっさり派とこってり派がいる。

 俺はあっさりの方が好きなのだが、彼女はこってり好きだ。


 とくに意味のある会話ではない。

 それでも、話すだけで気が楽になるものだ。

 このやり取りをきっかけに、リンカの口が動き出した――。


 それからも取り留めのない会話が続く。

 こんな深夜に、わざわざやって来てするような話じゃないが、話しているうちに彼女の戸惑いも薄れていく。


「あの……」


 リンカが顔つきが変わって、視線が真っ直ぐと俺を見る。

 皮をむいた果実のように、剥き出しの彼女が顔を現した。


 いよいよ、本題か――。


 目は艶っぽく。

 頬はゆるみ。

 呼吸が荒い。


 そして、緊張しているのか、肩が小さく震えている。

 ただらなぬ雰囲気に、俺はゴクリと唾を呑み込んだ。


「【阿修羅道】のせいで、お腹が空くって言いましたよね」

「うん。今日の食べっぷりも凄かったね」

「ここまでは伝えてありますが、実は――」


 そこで言葉を句切り、リンカは椅子から立ち上がった。

 それから、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『リンカと二人(2)』


飯島しんごう先生によるコミカライズ2巻、2月9日発売です!



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