第141話 ギルド飯
ギルドに入ると、俺たちに気づいた冒険者たちが駈け寄ってきた。
一瞬、身構えるが、彼らに敵意がないと分かり、力を抜く。
彼らの目に俺やリンカは映っていない。
目当てはラーシェス。
彼女の元に冒険者が集まる。
女性もいるが、大半は厳つい男たちだ。
「「「「「お嬢!」」」」」
「お嬢、無事だったんですね」
「心配しておりました」
「よかったよかった」
並んだ怖い顔が涙を流す光景は、なかなかのものだ。
「ええ、心配かけてしまいましたね。でも、この二人のおかげで、わたくしはすっかり元気になりました」
「「「「「おおおお」」」」」
「ご安心ください。わたくしはこちらの二人とパーティーを組むことになりました。どちらも頼りになる仲間です」
凜とした態度でラーシェスは応える。
それを聞いて冒険者たちは再度、歓声を上げる。
そして、俺とリンカに向かって頭を下げる。
「どうか、お嬢をお願いします」
「ああ、ラーシェスは大切な仲間だ」
ひとしきり、もみくちゃにされてから、俺たちは解放された。
その後、ギルド酒場のすみっこ、目立たないテーブルにつく。
「ああ、疲れた~」
人目を離れ、ラーシェスは被っていた猫を取っ払い、素の姿を現す。
「みんなに慕われてるんだね」
「冒険者には憧れてたからね。ボクにできることはしてきたんだ」
以前から、冒険者の地位向上のために尽くしてきたそうだ。
おかげでこの街の冒険者から崇められるような存在なのだと。
そんな彼女が冒険者デビューするという矢先に、原因不明の病気で倒れて寝込んでいたのだ。
彼らの心配ははかりしれない。
「だから、慕われてるけど、ちゃんと、わきまえてくれる」
ひと段落済んだ後は、俺たちに気遣ってから、距離をおいて、声をかけずにいてくれる。
だから、ラーシェスは猫を被る必要がないのだ。
注文すると、すぐに飲み物と料理が運ばれてきた。
「なにはともあれ、冒険者ならまずはエールだ」
「ですね」
「ずっと、憧れてたんだ。ワインしか飲んだことないからね」
冒険者といえばエール。
貴族といえばワインだ。
庶民は大体15歳で成人してからお酒を飲み始める。
だが、貴族は10歳くらいからワイン飲み始める。
なので、彼女はアルコールに慣れている。
潰れたり悪酔いしたりすることはないだろう。
その点は心配していない。
「結構苦いけど、大丈夫かな?」
「とりあえず、試してみるよ」
「じゃあ、乾杯!」
「「かんぱ~い!!」」
ジョッキをぶつけた勢いで、エールが少しこぼれる。
張り切りすぎたせいでラーシェスは力を入れすぎた。
「くぅ~。冒険の後のこの一杯。たまんねえ」
熟練冒険者のようなセリフを吐くラーシェスだったが、固く閉じた目の端からは涙がにじんでいる。
「本当のところは?」
「苦い……」
「「あはは」」
「最初はみんなそんなもんだよ。不思議なことにそのうち、これが美味しく感じられるようになるんだよね」
「そうですね。私もそうでした。慣れると『ああ、冒険者になったんだな』って実感します」
「どうする? 他のお酒にする?」
「平気だよ」
そう言うと、ラーシェスは一気に呷った。
「ぷはぁ。どうだい。ボクも冒険者だろ?」
「ああ、立派な冒険者だ」
ラーシェスが意地を見せ、場が和む。
口端に泡がついてるのはご愛嬌だ。
「ねえ、これは?」
テーブルに乗る丸い料理を指差して、彼女が問う。
「ピザっていうんだ」
「へえ、初めて見るよ」
「美味しいですよ。ラーシェスもきっと気に入ると思います」
ラーシェスは目をキラキラしている。
今回ピザを選んだのは彼女が「みんなで取り分ける料理がいい」とリクエストしたからだ。
昨日お世話になったが、貴族の料理は一人一品ごとに一皿。
誰かとシェアするのは下品で、あり得ないことらしい。
「取り分けますね」
ピザは六等分されている。
一人一切れだ。
「まずは、ラーシェスから選んで良いよ」
マリュゲーリタという定番ピザだ。
どこの店でも食べられる。
トゥメイトウのソースにたっぷりのチーズにバージルの葉が乗っている。
「じゃあ、これ」
彼女が選んだのは、バージルが乗っていないひと切れ。
「野菜嫌い?」
「そっ、そんなことないよ」
ラーシェスは目を泳がせる。
彼女が手に取るとチーズが長い糸を引く。
「うわあ。熱々だし、凄いねえ」
今度は目をキラキラと輝かせる。
「残りは順番に取っていこう。俺は最後でいいよ」
「おいらはオーナーの隣のヤツ」とイータが一番乗り。
「駄猫は欲張り」とエムピーが取り。
「姐御、お先にどうぞ」とアンガーが譲り。
「こっちにします。アンガーはこれでいい」とリンカが切り分け。
「じゃあ、いただきます」
「「「「「いただきまーす」」」」」
リンカはひと口でペロリ。
かぶりついたイータは熱さに驚き、ふうふうと冷ます。
エムピーは至福の笑顔を浮かべる。
アンガーは意外にも、ひと口サイズにちぎり、上品に食べる。
そして、ラーシェスはピザと一緒に感動を噛みしめていた。
「気に入った?」
「うん!」
「なら、もう何枚か頼んじゃうね」
食いしん坊たちを満足させるには二十枚のピザが必要だった。
「はあ、美味しかった~」
「今度はもっと美味しい店に行くか」
「他のもいいですね。もんじゃはどうですか?」
「えっ! もんじゃってなに? 聞いたことない!」
「そういえば、リンカはもんじゃ大好きだもんね」
「リンカのオススメかあ。どんな料理だろ。楽しみだな」
「見た目はアレだけど、とっても美味しいよ」
みんなで取り分ける料理としては、もんじゃは最適だ。
「さて、ひと段落したところで、今後について話し合おう」
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『今後についての話し合い』
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