第135話 ユニークウェポン

 彼女が斧を手に取ったその瞬間――。


「「「なっ!?」」」


 斧がまばゆい光に包まれた。


 蒼銀に輝くミスリル斧が色を変える。

 いや、色だけではなく、形も変わる。


 斧を掴み、ラーシェスは微笑む。


「わたくしの武器は、これしかありません。これ以外にはあり得ません」


 掲げる斧の長さは柄も含め50センチ。

 片刃から両刃に変形し、禍々まがまがしい。

 そして、全体は血を飲み干したように赤黒い。


血統斧レイン・イン・ブラッド――それがこの子の名前ですわ」


 陶然とうぜんとした様子でラーシェスが告げる。


「どういうこと?」

「分からないですわ。なぜか、その名が頭に浮かんだのですわ」


 彼女は赤くなった頬を斧に擦りつけ、熱い吐息を漏らす。

 いったい、どういうことだろうか?

 彼女の代わりに答えたのはイータだった。


「その斧がオーナーのユニークウェポンだからニャ」

「ユニークウェポン?」「ユニークウェポンですか?」


 俺とリンカの声が重なる。

 ユニークウェポン――初めて聞く言葉だ。

 ユニークスキルと関係があるとしか思えないが……。


「なんニャ、二人とも知らニャいのか?」

「ああ、リンカも知らないよね?」


 二人で顔を見合わせて困惑する。


「はい。私はまだアンガーと出会ったばかりですし……」

「そうだよね。エムピーはどうして教えてくれなかったの?」


 リンカの場合はともかく、エムピーが教えてくれなかったのは気になるが、だいたい予想はつく。


「私もマスターにお伝えしたかったのですが、中央情報機構ユグドラシルによって禁じられてるので」


 いつもの笑顔で、エムピーが言う。

 やっぱり、なにかあると中央情報機構ユグドラシルだ。


「申し訳ないっす。エムピーの言う通りっす。俺っちも姉御に伝えられなかったっす」

「ううん。気にしなくていいよ」


 首をすくめるアンガーの頭をリンカが優しく撫でる。

 ただ、心ここにあらずといった様子だ。


 それが少しに気になったが、エムピーをチラと見る。

 それだけで俺の意図を察したようで、「花丸ですっ!」といった笑顔を浮かべる。


「そうです! ユニークウェポンはSSSギフトの持ち主の能力を最大限に引き出す武器なんです!」

「ラーシェスの場合は、それが斧だったと……なるほどね」

「マスターもその武器と出会えば、自ずと理解しますよ!」


 なにげなしに、俺の手は腰のナイフに触れていた。

 今までは購入したスキルに頼り切りで、深く考えずに慣れているコイツを使ってきた。

 だけど、これからは――。


「いろんな武器を試してみたらいかがですか?」

「ああ」


 俺はナイフから手を離す。

 エムピーとの会話は、二人には届いていないようだ。

 リンカは宙を見て、ボンヤリとしている。

 そして、もう一人はもっと現実から離れていた。


「ところで、ラーシェスは大丈夫?」


 ラーシェスはさっきから会話に加わっていない。

 それどころか、俺たちの話が聞こえていたかどうかもわからない。


 それくらい、彼女は血統斧レイン・イン・ブラッドと名付けた斧に魅入られていた。


「ラーシェス?」


 もう一度、さっきより強く呼びかける。

 それでようやく、彼女は気がついた。


「はっ…………すみません。この子があまりにも魅力的で」


 我に返ったラーシェスは、恥ずかしそうにうつむく。


「ねえ、エムピー。もしかして」

「はい。マスターの考えている通りです」

「やっぱり……」

「どういうことですか?」

「今のラーシェスを見ていて思ったんだ。SSSギフトは隙があれば持ち主を呑み込もうとしている」


 俺の言葉に、リンカはハッと目を見開く。


「ユニークウェポンも同じ、ということですね」

「ああ。気をつけないといけないね」


 SSSギフトの持ち主に潜む内なる獣。

 俺たちを呑み込もうと虎視眈々と狙っている。


「おう。レントくんの言う通りだぜ」

「そうニャ」


 エムピーは目で、アンガーとイータは言葉で肯定する。

 リンカを見ると、また、なにか考えているようだった。


「リンカ?」

「…………」

「どうしたの?」


 ぼやけていた彼女の焦点が定まり、それから小さく頷いた。


「私のユニークウェポンがなにか分かったような気がします」


 彼女の言葉がチクリと胸に刺さるが、それを無視して問いかける。


「この店においてある?」

「いえ。ここにはありません。でも、どこかから呼ばれている気がするんです」


 さっきから上の空だったのは、これが理由か。

 また、胸にとげが刺さる――。


「それは――いや、いいや。そのときが来たら教えてね」

「はいっ!」


 ぱあっと彼女の顔に花が咲く。

 ラーシェスとリンカの幸せそうな顔。

 それがユニークウェポンとの出会いなんだろう。


「いいな。二人とも……俺ももっと……」


 無意識に小声で呟いていた。

 そして、意識が持って行かれそうに――。


 だが、俺は唇を強く噛んで踏みとどまる。


「レントさん!」


 つぅと口から血が垂れる。

 それを拭い、笑顔を浮かべる。


「……ああ、大丈夫。そう簡単に喰われたりしないよ」

「よかったです!」


 だいぶ慣れてきた。

 今のは間違いなく、内なる獣だ。

 油断も隙もない。


 俺もユニークウェポンで、さらなる力を得たい――その願望が俺を呑み込もうとした。

 しかし、俺は自力で耐えることができた。


 落ち着いて周りを見ると、また、ラーシェスがとろけた顔になっている。


「ラーシェス、そろそろ戻って来て」


 大きく息を吐き、彼女を呼ぶ。


「はっ!」


 今度はすぐに戻って来た。

 少し心配になるが、内なる獣に呑み込まれるほどではないようだ。


「もう平気かな?」

「ええ。はしたないところをお見せしました」

「じゃあ、会計を済ましちゃおう」

「そうですね」


 ラーシェスがパンパンと手を鳴らすと、店長が飛んでやって来た。


「はい、お嬢様。どのようなご用でしょうか?」

「これ、買うわ」

「これ、ですか?」


 店長の上ずる声も納得だ。

 相手が相手だけに、「こいつ、ナニ言ってるんだ?」という思いを必死で押さえ込んでいるのが伝わってくる。


「ええ」

「いえ、当店にこのような斧は取り扱っておりませんが……」


 気まずい沈黙に、俺が口を挟む。


「ああ、ここに置いてあったミスリル斧だよ。ちょっと事情があって姿が変わってるけどね」

「はあ、承知いたしました」


 いまいち腑に落ちない様子だったが、店長は厄介事を恐れ、それ以上踏み込んでこなかった。

 ラーシェスの「代金は実家につけておいて」の言葉で、俺たちは武器屋を後にした。


「さて、武器も手に入ったし、試し狩りに行こうか」

「はいっ!」

「うふふ」






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