第133話 ラーシェスのステータス(上)

「お父様、では、行って参ります」

「ああ、気をつけるんだぞ。無理はするなよ」

「お父様、心配しすぎですよ。レントさんも、リンカさんも一緒ですから」


 しっかりと猫をかぶったラーシェス。

 そして、不安をたたえた目で娘を見送る父。

 ひと通りのやり取りの後、ウィラード伯爵は俺に頭を下げる。


「これは支度金だ。娘をよろしく頼む」

「ご安心ください。彼女は俺が育てます」


 がっしりと拳を握られた。

 その真剣さに俺は、戸惑いを覚える。

 たしかに、ラーシェスは昨日までずっと寝込んでいた。

 不安になる気持ちも分からなくもない。


 とはいえ――過保護すぎるのでは?


 というのも、別に今生の別れというわけではない。

 しばらくはこの街を拠点にするつもりだし、今日も近場で力試しをして、夜には館に戻ってくる。


「レントさん、行きましょう」

「ああ」


 伯爵は門の前に立ち、俺たちの姿が見えなくなるまで、手を振っていた。


「まったく、父には困ったものですわ。わたくしはもう大人ですのよ」


 父の姿が見えなくなると、ラーシェスはかぶっていた猫を早々と脱ぎ捨てる。


 軽く波打ったオレンジのミドルヘア。

 翡翠のように透き通った瞳。

 身長は俺とリンカの中間。

 外見はお淑やかで気品あふれる貴族令嬢。


 だが、先ほどのイータへの躾で、彼女の本性の一部を垣間かいま見た。

 まだ計りかねているが、面白そうなタイプだと俺は期待している。


「さあ、こっちですわ」


 地元に詳しいラーシェスの案内で、俺たち三人は街中に向かう。


「ねえ、レント。教えてほしいですわ。今のわたくしはどの程度なのです?」

「ああ――」


 冒険者となると決めたのだ、自分の強さが気になってしょうがないとソワソワしている。

 しかも、SSSギフトだ――俺も、リンカも、最初は期待と興奮が収まらなかった。


 そして、知る――SSSギフトがそんな生やさしいものではないと。


 ちなみに、ラーシェスのステータスは以下の通りだ。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


名前:ラーシェス

年齢:15

性別:女


ギフト:【御魂喰いみたまぐい】(SSS)

MP :12/12 WMP(98)


冒険者ランク:E

パーティー:二重逸脱トゥワイス・エクセプショナル


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 ギフトともう一点を除いて、魔力量・冒険者ランクともにありふれた新人冒険者のステータスだ。


 出会ったばかりのリンカも同じような魔力量だったが、彼女は3年間鍛え上げた戦闘経験があった。

 しかし、ラーシェスは箱入りの令嬢。

 戦闘経験はおろか、剣を握ったことすらない。


 問題なのは戦闘経験だけではない、彼女はひとつのスキルを持っているが、そのスキルは戦闘用スキルではないのだ。


 はっきり言って、一人でどうにかするのは不可能だ。

 俺とリンカ同様、誰かのサポートがなければ、どうしようもない詰みだ。


「残念だけど、ひとりじゃどうしようもない」

「そうですか……」


 残念そうな彼女だが、ただひとつ特筆すべき点がある。

 それは、ステータスのMPの隣に並んでいるWMP《ホワイトマジックポイント》。

 聞き覚えがないが、これはラーシェス固有の特殊魔力だ。


「イータ、WMPってなんですの?」

「ヒッ……」


 ラーシェスは腕に抱えてたイータを問いただす。

 鋭い視線を向けられ、イータは怯える。


「…………」


 沈黙の視線に射られ、イータは恐る恐る口を開く。


「ごめんニャ。それが……イータにも、思い出せないニャ……」


 ラーシェスのこめかみがピクリと動く。


「いっぺん、飛んどく?」

「ヒィイィ……お助けニャ……」


 それを見ていたアンガーとエムピーはいい気味だという態度だ。


「へっ、いいざまだな。ラーシェス姐さん、コイツにはしっかりとヤキ入れといた方がいいですぜ」

「ご主人様の役に立てないとはホント、駄猫はいっぺん全部の毛を抜かれた方がいいかもです」


 ラーシェスの瞳の奥が怪しく光る。


「やっぱりイータは役立たずなのですね? さっきのじゃ躾け方が足りなかったようですね?」

「そっ、そんなことないニャ。戦いになったら、ちゃんと仕事するニャ」

「…………」


 沈黙…………。


 イータは胸の辺りを押さえ、身震いしている。


 見守っている俺たちが息を呑むほど緊迫した空気だ。


「…………」


 ラーシェスは無言のまま、イータへと手を伸ばす。

 その手はイータの首元を掴み、持ち上げる。


「なっ、やっ、やめてニャっ!」


 イータの懇願を気にすることなく、ラーシェスは腕をひと振り――。


「うぎゃあああああニャ~~~~~~」


 イータは空高くへと飛んでいった――。


「もっ、もっ、もっ、もうだめニャ……」


 再びラーシェスの腕の中にイータは収まるが、「ひいいいぃ」と目を回してる。


「まだ、飛びたい?」


 だが、彼女オーナーの問いかけに、ピシッと背筋を伸ばす。


「おっ、思い出したニャ!」

「そう」


 ラーシェスは慈愛に満ちた手でイータの背中を撫でる。

 その愛撫にイータから「ふにゃあ」と脱力した声が漏れた。


「WMPはホワイトマジックポイントニャ。オーナー固有の魔力で、オーナーがスキルを使うために必要なのニャ」

「それで?」

「まだ、オーナーがまだ使えないスキルなのニャ。とっても役に立つスキルなのニャ」

「どんなスキル?」

「それは……言えないニャ」


 口を閉ざしたラーシェスに、イータは慌てて取り繕う。


「ちっ、違うニャ。知らないんじゃニャくて、教えられないニャ。創世神様がそう定めたニャ……」


 もう一度イータの首元に手が伸びかけ――さすがにかわいそうだと思って俺は口を挟む。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ラーシェスのステータス』

一週間あけて、2月19日更新です。


書籍化作業やら、書きためなどで間があいてしまい申し訳ないですm(_ _)m

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