第132話 ラーシェスの本性

 ――翌日。


 ラーシェスのパーティー加入が決まったところで、彼女は父に願い出る。


「お父様、私の能力を試したいので、庭に出てもよろしいでしょうか?」

「ああ、それはもちろん、構わんよ」

「では、レントさん、リンカさん、お付き合いお願いします」


 ラーシェスに連れられ、庭外れに着いた。

 館からは死角になっている場所だ。


「ふぅ」


 ラーシェスが大きく息を吐いて、告げる。


「これからは一緒のパーティーになります。お二人には、わたくしの本当の姿を知っておいてもらいたいんです」

「本当の?」

「ええ、幻滅するようでしたら、パーティーから追い出してもらって構いません」


 よっぽどのことがない限りは、彼女を見捨てたりはしないが……。


「実はわたくし――」


 隣のリンカがゴクリと息を呑む音が聞こえる。


「わたくしのサポート妖精が猫のイータであるのも、もっともだと思いました」

「どういうことですか?」

「お父様や皆の前では、わたくし、猫をかぶっていました」


 ニコリと作られた笑顔は目が笑っていない。

 とてもたおやかな貴族令嬢らしからぬ、冷めた目だ。


「ねえ、イータちゃん」

「なっ、なんニャ、オーナー、おいら怖いニャ……」


 怯えているイータに向かって、ラーシェスは非情に告げる。


「今まで、に散々なことしてくれたね。悪い子は躾が必要だよね」

「ヒッ!」


 ブルブルと震えるイータの首根っこを掴むと、思いっきり真上に放り投げた。


「うにゃにゃにゃ~」


 叫び声を上げるイータは10メートル以上も打ち上げられ、落ちてくる。


「楽しかった?」

「ヒッ、ごっ、ごめんニャ。悪かっ――」

「それっ!」


 イータの謝罪の途中で、ラーシェスは再度、投げ上げる。


「ごめんなさいニャ!」

「いってらっしゃ~い」

「うにゃ~~~~~」


 この光景を見て、アンガーとエムピーは「いいぞ~」「もっとやれ~」とノリノリだ。

 あんまり仲がよくないように見えるけど、じゃれ合っているくらい仲良しにも思える。


 そんなやり取りが何回も繰り返される。

 落ちてくるたびにイータの顔から生気が失われていく。

 その一方で、ラーシェスはどんどんと楽しそうになっていく。


 何度目か数えられなくなった頃、落ちてきたイータをラーシェスがキャッチする。

 今回はすぐに打ち上げない。


「これで分かった? 悪いことすると、お仕置きされちゃうんだよ?」

「わっ、わかりましたっ! もう、絶対にしませんっ!」


 語尾の「ニャ」がとれるほど、イータは本気で謝罪する。


「頭では理解できたみたいね。じゃあ、後は、身体にもちゃんと覚えてもらおっか」

「鬼ぃぃぃ~~~」


 しばらく、時間が経ち――。


「もっ、もう、勘弁してください。しっかり身体で覚えました。もう、限界です。本当にごめんなさい」


 誰かがここまで必死に謝罪する姿は見たことがない。

 ガイたちもこれくらい本気を見せてくれたら、また違ったかもしれないな――そう思わせる誠意だ。


「ねえ、いいこと、教えてあげようか?」

「はいっ!」

「調教ってのはね、相手が『もう限界』って言ったところがスタート地点なんだよ。ほら、気張って~」

「いっそ、殺して~~~」


 イータが死んだ魚のような目になった頃、ようやく調教は終わったようだ。


「はーい、よく頑張ったね」

「…………」

「これからはいい子でいようね~」

「もう、オーナーには絶対に逆らいませんニャ」

「じゃあ、頑張ったから、ご褒美あげないとね」


 ぐたっとなったイータを見て、サポート妖精の二人は「いいざまだ」「いい薬です」と満足げ。


「よしよし、イイ子イイ子」

「オ~ナ~」


 ラーシェスが甘い声とともにイータの背中を優しく撫でる。

 地獄で天使に出会ったように、イータは彼女にすがる。


 こんなに見事なアメとムチは初めて見た。

 こんだけされたら、絶対に逆らおうとはしないだろう。


 この光景を俺とリンカはドン引きで口を挟めずにいた。

 内心、ラーシェスを怒らせるのは止めようと固く誓った。


「あっ……」


 よほど集中していたのだろう。

 ラーシェスはようやく、俺たちの存在を思い出したようだ。

 少し気まずそうだ。


「……これがボクの素の姿なんだけど。受け入れてもらえるかな?」


 ――よっぽどのことがない限りは、彼女を見捨てたりはしない。


 彼女の素の姿を見ても、その気持ちは変わらなかった。

 見捨てた彼女が不幸になるくらいなら、どうっていうことはない。


「ああ、もちろんだよ。ラーシェスさんは仲間だよ」

「もちろんですっ! ラーシェスさんヨロシクお願いします」

「よかった。ボクは二人をさん付けで呼ぶけど、ボクには必要ないよ。二人は年上で、先輩冒険者で、命の恩人だ」


 ちょうどいい、いつ切り出すかタイミングを見計らっていたところだ。


「だったら、いっそ、みんな止めよう。『さん付け』もナシで、気安く話そう。俺たちは対等なパーティーメンバーだ」

「いいの?」

「私はちょっと抵抗がありますが…………頑張ってみます」

「じゃあ、ちょっと試しで」

「リンカ、ラーシェス」

「レント、リンカ」

「レントさ……レント……ラーシェス」


 たいしたことないかも知れないが、これだけで絆が強まった気がする。


「じゃあ、伯爵に挨拶に行こうか」

「はい」「うん」






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ラーシェスのステータス(上)』

2月5日更新です。

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