第131話 ラーシェス・ウィラード(下)

 イータの説明が終わった――。


「――というわけニャ。理解できたかニャ?」

「ええ、なんとなくは……」


 ラーシェスはまだ完全には受け入れられないようだ。

 だが、俺は理解できた。だいたい、予想通りだった。


「要するに、私はこれからモンスターを倒し続けなければならない――そういうことですね?」

「ああ、その通り」


 リンカもモンスターを倒し続けねばならない。

 彼女の【阿修羅道】が血を望み欲するからだ。

 ラーシェスも、理由は違うが同じ道を強いられる。


「不思議ですが、イータとレントさんの話は信じられる気がします。目を覚ましてからずっと、血が騒ぐ気がするんです。それに飢える感じもします。きっと、お腹ではなく、身体が魔力を欲しているのでしょう」

「やっぱり、自覚があるんだね」

「はい、この欲求はモンスターを倒して、魔力を吸収しないと収まりそうにないです」


 どこか諦観した顔でラーシェスは微笑む。

 さすがは貴族令嬢といったところか。


「この先は、伯爵も交えて話をしよう」

「はい……」


 伯爵に戻って来てもらい、話を続ける。


「――というわけで、ラーシェスさんは常に魔力を補給し続けなければなりません。魔力が不足すると、今回のように昏睡してしまい、最終的には命を落とすことになります」

「なんと……」


 伯爵は絶句する。

 愛娘に起こった悲劇に打ちひしがれる姿は、見てるだけで痛々しい。


「娘さんが回復したのは、俺のギフトの力です」

「君のギフトだと?」

「はい、俺のギフトもSSSランク【【無限の魔蔵庫】】。相手に魔力を貸与する能力です」

「君が魔力を貸してくれたおかげか……。本当にありがとう」

「ただ、誤解してもらっては困るのですが――」

「うん?」


 ここは絶対に譲れないところだ。

 俺は伯爵をジッと見つめる。

 それでも動じないのは、人の上に立つだけの度量だ。


「俺のスキルはあくまでも『貸与』です。貸したものは利息付きでキッチリと取り立てます。これは相手が王族であっても曲げられない――俺の矜持です」

「ああ、もちろんだ。娘が借りたものは、親である私が借りたも同然。娘が返せないのであれば、必ずや私が返済しよう。それが貴族としての私の矜持だ」


 俺は只々、伯爵に敬意を覚えた。

 だが、話はそう甘くない。


「伯爵のお気持ちには感服いたします。ですが、借りた魔力は本人にしか返済できないのです」

「なんと……」


 以前、エムピーから説明を受けた。

 そのときの言葉が――。


 ――他人の返済ですか? できないです~。


 では、将来的には可能なのか?

 それを尋ねたが、はぐらかされるだけだった。


 エムピーはいつもこんな調子だ。

 教えてくれることは教えてくれるが、教えてくれないことは絶対に教えてくれない。


「それで、娘はどれだけ借りたのだ?」

「たいした量ではないです。たかだか1,000MPちょっとです」

「…………」


 伯爵が黙り込む気持ちはよく分かる。

 正確な値はまだ聞いていないが、ラーシェスの最大魔力はせいぜい数十だ。


 リンカと同じように、彼女からも低い利息しかとる気はない。

 それでも、返済は現実的には不可能な量だ――このままでは。


「それだけではありません。娘さんはこれからも絶え間なく魔力を補給する必要があります。魔力回復ポーションでは追いつかない量です」


 一時的に返済できても、なんの解決にもならない。


「それを踏まえた上で、ご提案があります」

「なんだね?」


 藁にもすがりたい気持ちが伝わってくる。

 俺としても、早く伯爵を安心させてあげたい。


「娘さんを冒険者として、俺のパーティーメンバーに加えたいと思います、いかがでしょうか?」

「娘を……」


 さっきの話では、伯爵は娘が冒険者になることすら渋っていた。

 ましてや、どこの馬の骨か分からない俺の言葉だ。


「娘さんが助かるためには、彼女自身が強くなるしかありません。そして、俺にはそのサポートが出来ます。いや、俺にしか出来ません」

「…………」


 今まで黙っていたラーシェスが口を開く。


「お父様、私からもお願いします」

「ラーシェス……」


 揺らぐ気持ちは娘の後押しでこちらに傾いた。


「分かった。娘をよろしく頼む」

「ありがとうございます。お父様」

「ご安心ください。一度引き受けたからには、絶対にラーシェスさんを救ってみせます」


 こうして、ラーシェスが仲間に加わることになった――。







   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ラーシェスの本性』

1週お休みして、1月29日更新です

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