第130話 ラーシェス・ウィラード(上)
――三十分後。
伯爵に寄り添うようにして、ラーシェスがやってきた。
貴族令嬢らしき薄緑のドレスは長いオレンジの髪によく似合っていた。
先ほどまで寝込んでいたとは思えない、健康そうな15歳の少女だ。
「レント君。ありがとう。娘はすっかり良くなったようだ」
「レントさん。ありがとうございました」
二人そろって頭を下げる。
「お役に立てたなら、なによりです」
俺が応えると、対面のソファーに座っていた双頭の二人が立ち上がり、席を譲る。
そこに伯爵とラーシェスが座り、俺とリンカと向かい合う。
「まずは報酬を」
執事が2000万ゴルの詰まった袋を持ってくる。
ずっしりと重かったが、ラーシェスの命に比べたら安いものだ。
これで依頼は完了。
じゃあ、ここでさようなら――と済ませてもいいのだが、同じSSSギフト持ちのラーシェスを放り出す気はない。
「伯爵さま、ラーシェスさんと三人だけにしてもらえますか。彼女に説明するには、俺とリンカの能力を伝える必要があります」
契約魔法があるので口外できないとはいえ、できるだけSSSギフトについては秘密にしておきたい。
「ひと通り彼女に説明して、どこまで伝えるかは彼女の判断にゆだねたいと思います」
「分かった」
「レント君に」「任せる」
三人と執事が退出したのを確認してから、俺はラーシェスに話しかける。
彼女を驚かせないように、今はエムピーとアンガーは姿を消している。
「初めまして。冒険者のレントです。隣は仲間の――」
「リンカといいます」
「俺たち二人とも、SSSギフトの持ち主です」
「おふたりも……」
ラーシェスは驚いた様子を見せるが、すぐに令嬢らしき堂々とした態度に切り替えた。
「あらためてご挨拶を、ウィラード伯爵家のラーシェスです。この度は助けていただきありがとうございました」
ラーシェスが深く頭を下げるのを、俺が制する。
「いえ、お気になさらずに。伯爵からは十分な報酬を得ています。それに――」
俺は一拍はさんでから、話を切り出す。
「俺たちのためでもあるんです」
「どういうことでしょうか?」
「それをこれから説明したいのですが、調子はいかがですか?」
「ええ、寝込んでいたのが嘘みたいです。むしろ、倒れる前よりも元気なくらいです」
おしとやかで柔らかい笑顔が、彼女の言葉が心からのものであると伝える。
俺もリンカもその理由を知っている。
彼女は大量の魔力を吸収したから――ギフトを満足させたからだ。
リンカはモンスターを倒すことによって。
俺は魔力の返済によって。
途轍もない充足感を覚える。
彼女もそれは同じなのだろう。
「ところで、ラーシェスさん。膝の上の猫を知ってますか?」
「えっ? 猫ですか?」
「はい。ラーシェスさんが撫でている白猫です」
彼女は今、気がついたというように驚く。
無意識のうちにイータを撫でていたのだ。
「いつの間に……。それにこの子は……」
イータは目を閉じて気持ちよさそうに寝ている。
「イータ、起きて」
俺の呼びかけにイータが顔を持ち上げる。
「なんニャ? 気持ちいいところを起こすニャ」
「えっ、しゃべった!?」
「ラーシェスさんが寝込んでいた理由はその猫です」
「どういうことでしょうか?」
「そいつはただの猫じゃないです。ラーシェスさんのサポート妖精です」
「そうニャ。おいらの名はイータ。オーナーよろしくニャ」
イータはラーシェスの手をペロリと舐める。
驚いた彼女はビクッと手を引っ込めた。
「サポート妖精? オーナー?」
「聞いたことありませんか?」
「ええ、話には。でも、実在するとは知りませんでした」
「俺も最初は信じられなかったです。でも、この通り――」
俺の合図でエムピーとアンガーが姿を現す。
「ひゃっ!?」
ラーシェスはびっくりして、軽く仰け反る。
思わず出た声は、年相応のかわいらしいものだった。
「マスターのサポート妖精のエムピーです。ラーシェスさん、よろしくお願いします」
「姉御のサポート妖精のアンガーっす。ラーシェスの姉御も
頭を下げるエムピーに、見得を切るアンガー。
ラーシェスは気圧されたようだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ぎこちない空気の中、エムピーとアンガーがイータに詰め寄る。
「それより、駄猫。マスターに言うことがあるでしょ?」
「おうおう。その通りだ。コンクリ詰めで海にドボンしてやろか?」
イータは詰め寄られ、「うっ」となった。
それから、しおらしい態度で頭を下げる。
「さっきはごめんニャ。お腹空いてて、気が立ってたニャ」
「マスター、どうしますか?」
「山に埋めるなら、手伝いますぜ」
「二人とも、落ち着いて。ラーシェスさんがビックリしてるよ」
彼女は完全に置いてけぼりだ。
目が覚めて、いきなりこの展開は、理解できなくて当然だ。
「まあ、反省してるみたいだし、俺はいいよ。でも、ラーシェスさんに言うことがあるよね?」
「オーナーもごめんニャ。イータは空腹が耐えられないニャ」
「う、うん……」
「詳しい話はこれからするとして、イータはどうして、色が変わったんだ?」
「本来、イータの毛色は白ニャ。だけど、お腹が減りすぎると毛が黒くなるニャ」
お腹が減るというのは、魔力不足のことだろう。
「そうなると、ブラックイータになってオーナーの魔力を吸い始めるニャ」
「では、私はこの子に魔力を吸われたせいで、寝込んでいたんですか」
責めると言うよりは、不思議そうな表情だった。
「これがSSSギフトだよ。強大な能力をもたらすとともに、持ち主の人生を歪めてしまう」
「…………」
「残念だけど、ラーシェスさん。あなたはもう、普通の人生を歩むことは出来ない」
「それは……」
俺もリンカも同じだった。
最初はとんでもないスキルを授かったと有頂天になる。
次に、それが自分を苦しめるものだと突きつけられる。
彼女の場合は、俺やリンカよりも極端なかたちだった。
「でも、大丈夫。君はひとりじゃない。俺も、リンカも、ついている。助けるって言うとおこがましいけど、君が望むなら協力するよ」
俺とリンカは強く頷く。
エムピーとアンガーも一緒だ。
ラーシェスの瞳が揺れる。
「結論は、この話が終わってからでいい。イータ、ラーシェスのギフト【
俺自身、なんとなくは予想がついているが、正確なところは分からない。
ここはイータに任せるべきだ。
なんといっても、イータはサポート妖精なんだから。
「分かったニャ。イータがオーナーに教えるニャ。【
◇◆◇◆◇◆◇
次回――『ラーシェス・ウィラード(下)』
1月15日更新です
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