第129話 御魂喰い《みたまぐい》

「なんニャ、オマエら?」


 ラーシェスの上に座っているモノが首をもたげる。

 間違いない。ラーシェスのサポート妖精だ。

 サイズはエムピーたちと同じくらい。

 だが、人型ではなく、丸々と太った黒猫の姿をしていた。


「イータじゃねえか。テメェ、やんのか、ゴルァ!」


 喧嘩腰のアンガーが黒猫イータを睨みつける。


「なんニャ? アンガーニャ? 口だけのヤツはすっこんでろニャ」

「なんだとッ!」


 飛び出しかけたアンガーの腕をリンカがつかむ。


「ダメでしょ。ここはレントさんに任せなきゃ」

「姉御……」


 彼女になだめられ、アンガーはしゅんとなる。

 それを見てイータは「ふんっ」と鼻を鳴らす。

 そこに、俺の背後からエムピーが姿を現す。


「げっ、エムピーまでいるニャ」

「自分のマスターになにしてるのかな?」

「うっ、うるさいニャ! エムピーは関係ないニャ!」


 珍しくエムピーが怒っている。

 声を荒げず、静かに怒っている。

 一触即発の雰囲気。


「ここは俺に任せて」


 飛びかかりそうな二人を俺は手で制する。


「マスター、この駄猫が原因です」

「コイツがラーシェスの魔力を吸い取ってるんだね」

「はい。【暴食】――それが【御魂喰いみたまぐい】の示す罪です」

「じゃあ、満腹にしてやれば、いいわけだ」

「はいですっ!」


 ――SSSランクギフトは、他人にはない強い力を与えてくれる素敵なギフト――そんな単純なものではないのです。


 以前エムピーに言われたことを思い出す。


 ――SSSランク。その意味は『Stigma of Seven Sins』――すなわち、『七罪の烙印』。人間がもつ七つの罪を体現したギフト。それこそがSSSランクギフトなのです」


 俺の【無限の魔蔵庫】が示す罪は『強欲』。

 リンカの【阿修羅道】が示す罪は『憤怒』。


 SSSランクギフトは持ち主に強大な能力をもたらすとともに、持ち主を苦しめるものだ。


 俺も、リンカも、ギフトに人生をねじ曲げられた。

 そして、ここにいるラーシェスも……。


「なあ、エムピー」


 イータを睨むエムピーに小声で話しかける。


「コイツに貸せる?」

「はい。コイツは人間じゃなくて、ギフト妖精なので貸せますよ」


 それを聞いて安心した。

 パーティー登録をする手間が省ける。


「皆さん、見ていてください」

「どうしたんだい、レント君?」

「いったい」「なにが?」

「ここは俺に任せてください。不思議に思うかもしれませんが、理由は後でお伝えします」

「さっきの契約は」「このため?」

「わかった。任せたよ」


 了承を得たところで、イータに話しかける。


「なあ、イータ。話がある」

「うるさいニャ! おいらは腹ぺこニャ」

「魔力が欲しいんだろ。だったら、俺の魔力を貸してやる」

「貸すだとニャ?」


 一瞬の間の後、イータはペロリと舌なめずり。


「いい度胸ニャ。死んでも知らないニャ」

「ああ、いくらでも貸してやるよ。その代わり、後でしっかり返してもらうがな」

「ふん。借りても、オマエが死んだら、返さなくていいニャ」

「じゃあ、試してみるか?」

「当然ニャ」


 冒険者タグでラーシェスにパーティー加入申請すると、本人の代わりにイータが承諾した。

 俺はイータの頭に手を乗せる。


「さあ、喰え――【魔力貸与】」

「遠慮せずにいただくニャ」


 俺の魔力がイータに流れ込む。


 10。

 20。

 30。


「ん? これは意外に美味しいニャ」


 俺の魔力が気に入ったようで、ペロペロと舌を動かす。


「気に入ってもらってなによりだ。好きなだけ喰っていいぞ」

「そんなこと言っていいかニャ? イータの胃袋は底なしニャ」


 100。

 200。


 俺の魔力は【魔蔵庫】を合わせて6万越えだ。

 コイツが腹一杯になるのが先か、俺の魔力が尽きるのが先か。


 500を超えた当たりで、イータの様子が変わってきた。


「ニャ?」

「どうした、お腹空いてるんだろ?」


 600。


「くっ、苦しいニャ」


 700。


「もっ、もう、いいニャ」


 800。


「お腹いっぱいニャ」

「遠慮しなくていいぞ。まだまだ、いくらでも貸してやる」


 900。


「やっ、やめるニャ。これ以上食べられないニャ」

「魔力が好きなんだろ。好きなだけ喰っていいぞ」


 それでも俺は【魔力貸与】を止めない。


「ニャ!? ニャニャニャッ!!」


 1,000を超えた当たりで耐えきれなくなったようで、イータは仰向けになって倒れ込んだ。


「もう、喰えないニャ……」

「もっといるか?」

「無理ニャ。殺す気かニャ!」

「大口叩く割には、たいしたことなかったな」


 そのとき、イータの黒かった毛が真っ白に変わった。

 それと同時に、イータの口からあふれ出た魔力がラーシェスの身体に吸い込まれる。

 みるみるうちに肌に血色が戻り、生気を取り戻していく。


 やがて――。


「あれ、わたくしは?」


 彼女は目を覚ました。


「ラーシェス! 大丈夫か!」


 伯爵が駆け寄り、彼女の身体を抱きしめる。


「お父様……。わたくしは一体?」

「ラーシェス。調子はどうだ? 痛いところはないか?」

「ええ、すっかり元気になりました」

「そうか。良かった。本当に良かった」


 伯爵は人目もはばからず、号泣する。

 ラーシェスは現状を把握できないようで、困惑した様子だ。


「レント君」「レント」

「そうですね」


 ここは親子の邪魔をしない方がいい。

 俺たちは部屋を出て、執事に案内されて応接間に戻った。

 その執事の目にも涙が浮かんでいた。


 伯爵とラーシェスが応接間に現れたのは、しばらくたってからだった。








   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ラーシェス・ウィラード』

1月8日更新です

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