第119話 SS06 ピクニック

 ――もんじゃ焼きを食べた翌日。


「リンカに見せたい場所があるんだ」

「えっ! どこですかっ? 楽しみですっ!」


 今日はダンジョン攻略はお休みして、一日のんびり過ごす予定だ。

 レントの提案で、一行はメルバの大迷宮第2階層に向かった。

 この階層は自然にあふれるフロアだ。

 レントたちは目的地目指して、森を進んで行く。


 歩くこと一時間ほど。

 森を抜けるとそこは――。


「うわあ、お花がいっぱいです~」


 辺り一面に咲き誇る花畑。

 カラフルな花々に彩られ、風に乗った花の香りが漂う。

 リンカは目を輝かせて一望すると、目を閉じて鼻から大きく息を吸い込んだ。

 いく種類もの花の香りが混ざり、濃密な甘さが身体を満たす。


「リンカはお花が好きって言ってたからね。ここを見せてあげたかったんだ」

「ダンジョンにこんな場所があったんですね」

「気に入ってもらえて嬉しいよ。ここはセーフティー・エリアだから、モンスターも出ないしね。今日はここでのんびりしよう」

「はいっ!」


 リンカはうっとりと表情をとろけさせる。

 彼女の子どもの頃の夢はお花屋さん。

 【阿修羅道】のギフトにより、その願いは絶たれてしまった。

 だが、花を愛する気持ちが失われたわけではない。


 今までは過去の夢を思い出す余裕もなかったが、こうして視界を埋め尽くすほどの広大な花畑を前に、リンカは幸せな気持ちでいっぱいだった。


 一方、エムピーはと言えば――。


「なんか、美味しそうです~」


 視覚や嗅覚よりも食欲を刺激されたようだ。


「お花の中には食べられる蜜や花びらがあるんですよ」

「!? リンカちゃん、早く行くですぅ~!」


 エムピーはそわそわと羽を動かし、リンカの手を引っ張る。


「あはは、行っておいでよ。俺はお昼の準備しているよ」


 こちらを伺うリンカに伝えると、エムピーに引きずられるようにして花々の海に飛び込んでいった。


「さあ、こっちは支度するか」


 マジックバッグから手頃なサイズの石を取り出して積み上げていく。

 それが完成すると。その上に大きな鉄板を乗せ、魔導コンロをセットする。


「よし、完成だ」


 後はリンカたちが戻ってから、調理を始めるだけだ。

 ひと仕事終えたレントは横になる。

 視界いっぱいが水色で占められる。

 どこまでも落ちていきそうな深い深い空だ。


 目を閉じると、すぐに眠気がやってきた――。


「レントさん~」

「マスター」


 リンカとエムピーが帰ってきた。

 どうやら、すっかり寝ていたようだ。


 エムピーが顔に飛びつく。

 頭に白い花の王冠を乗せたエムピーからは甘い香りが漂う。

 リンカも手に色とりどりの花を抱え、幸せ顔だ。

 二人とも満喫してくれたようで、俺も嬉しくなる。


「お帰り。じゃあ、お昼にしようか」

「はいっ!」


 寝ぼけまなこをこすりながら、上体を起こす。

 ひと晩ぐっすり熟睡したのと同じくらいリフレッシュした。


 大きく伸びをしてから、料理の準備を始める。

 マジックバッグから必要な材料を取り出すと、二人ともすぐに気がついた。


「焼きそばですか?」

「焼きそばっ!」

「ああ、これなら僕でも作れるからね」


 麺も具材も行きつけの店に頼んで売ってもらったものだ。

 後は焼くだけなので、失敗はしないだろう。


 二人に注目されながら、魔導コンロをつける。

 熱せられた鉄板に油を引き、麺と具材を炒める。

 ソースを投入すると、暴力的な匂いが鼻と胃袋に襲いかかる。

 エムピーがよだれを垂らし、リンカの腹がカワイイ音を立てた。


「あはは、もうできるよ」


 完成した焼きそばを取り分け――。


「「「いただきま~す」」」


 待ちきれず、エムピーがかぶりつく。

 リンカもぱくぱくと速いペースで食べていく。


「コナモンは外で食べると美味しさ五割増しだね」

「そうですよねっ!」とリンカが頷く。

「もうめう」と口いっぱい頬張っているエムピーは言葉にならないが、同意しているようだ。


 昼食を終え、片付けが済むと、三人で花畑に座ってのんびりする。


「不思議な気持ちです」


 しばらく沈黙を楽しみ、満腹になったエムピーが寝息を立てた頃、リンカが話を切り出した。


「以前は休んでいると、【阿修羅道】にせっつかれました。『ダンジョンに潜れ、敵を倒せ』って頭の中の声が止まないんです」


 【阿修羅道】の呪い――。


 戦闘に身をおいていないと済まない。

 最近はモンスターを狩りまくったせいで、満足しているのか、【阿修羅道】に催促されることはないそうだ。


「でも、今は違うんですよね」


 こちらを見て、リンカは笑みを浮かべる。


「こうやってのんびりしていても、私の魔力はレントさんに返済されて、レントさんは強くなってるんですよね」


 リンカの言う通りだ。

 それが俺の《無限の魔蔵庫》。

 貸付があれば、寝ていようがなにしていようが、時間が経つだけで、俺は強くなる。


 そして、俺が強くなれば、仲間リンカも強くなる。

 SSSランクはまさに反則なギフトだ。


「ああ、焦らずやって行こう」

「そうですね」


 ふっと風に乗った花の香りが鼻腔をくすぐる。

 リンカも感じたようで、目が合い、笑い合う。


 ――もうしばらく、ここでのんびりしてたいな。


「俺もここが気に入ったよ。また、来ようね」

「はいですっ!」


 ダンジョン内には季節の移り変わりがない。

 氷雪地帯は一年中凍りついているし、火山地帯は一年中灼熱だ。


 ここ一帯はうららかな春。

 いつでもゆったりとした時間を過ごせる。

 疲れたときはここに来よう――俺はそう思った。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『新たな商売』

8月19日更新です。

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