第120話 SS07 新たな商売
「冒険者の皆様、本日はボタクリー商会のパーティーにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
いかにもやり手商人といった身なりのいい男が店内に響く声を発する。
夕食の時間帯。
普段冒険者が利用する店よりはワンランク上のレストランだ。
ボタクリー商会の呼びかけに応じて集まった数十人の冒険者で席は埋められていた。
今日は、ボタクリー商会の貸し切り。
商会が新しく始めたサービスを宣伝するための場で、話を聞くだけで飲食費は無料。
いかがわしく思いながらも、タダ飯タダ酒と聞いて、大勢の冒険者が集まったのだ。
「いいから、さっさと喰わせろ。腹減ってんだよ」
店の奥から飛んできたヤジに、「そうだ、そうだ」と同意の声が重なる。
「そうですね。詳しいお話は後にして、まずはお酒と食事を楽しんでもらいましょう。どうぞ、始めて下さい」
ボタクリー商会のリソクスキ。
今回の主催者で、新サービスは彼の提案によるものだ。
もし上手くいけば、商会は多額の収入を得られ、リソクスキの商会内での立場は強くなる。
時期商会長を狙うリソクスキとしては、絶対に成功させたかった。
しばらく時間がたち、丁度良く酔いが回って判断力は鈍っているが、泥酔まではいっていない状況――リソクスキは改めて冒険者に告げる。
「皆様、本日は当商会の新しいサービスについてお話したいと思います。このサービスは私どもだけでなく、皆様にとっても利益になります。どうか、最後までご清聴下さい」
美酒と美食で気持ちよくなった冒険者は、余興を楽しむくらいの軽い気持ちで話に耳を傾ける。
「さて、皆様。もし新しい武器を買いたいけど、手持ちのお金が足りない。このような場合どうなさいますか?」
「そりゃあ、金が貯まるまで稼ぐしかねえだろ」
一人の男が何言ってんだという顔で答える。
リソクスキはその答えに満足したように話を続ける。
「おっしゃる通り、それが一番堅実な方法です。ですが、武器を買い替えれば、より強く多くのモンスターを狩れますね」
「おっ、おう」
「もし、武器を買い替えれば、一ヶ月で10万ゴルの収入が増えるとしましょう。この場合、お金を貯めるのに一ヶ月かかるのであれば、結果的にその10万ゴルを損することになります」
「どういうことだ?」
「なに、簡単です。武器を新しくすれば稼ぎが増える。すなわち、武器を買い替えるなら、早ければ早い方がいい、遅くなればその分だけ損をする、ということです。おわかりいただけましたか?」
「ああ、それならわかるな」
「お分かりいただけて幸いです。そこで問題になるのが――」
リソクスキは話を一度止める。
「お金が足りない場合です。今買いたい、けどお金がない。さあ、どうしましょうか?」
「誰かに金借りるしかねえだろ」
「そうです! その通りです!」
リソクスキは大げさに褒め称える。
誰でも思いつく簡単なことだったが、褒められた男は悪い気はしない。
「例えばですね、あなたは月いくらまで返済できますか?」
「まあ、10万ってところだな」
「あなたに100万ゴルを貸してくれる相手はいますか?」
「バカにしてんのか? いるわけねえだろ。よくて数万ゴルだぜ」
「いえいえ、バカにしてるわけではございません。むしろ、お得なご提案をさせていただきたいのです」
最初はざわついていた店内だったが、リソクスキの話に気を引かれ、静かになっていた。
「我がボタクリー商会が今回ご提案したいのは、革新的な新サービス『リボ払い』でございます」
なんだそれ?
冒険者の間に疑問が広がる。
「例えばですが、月々10万の支払いで120万ゴルの武器が買えますよ。まあ、利息はかかりますが、月8
リソクスキは両手を顔の前に広げ10本指を立てる。
そこから二本折って、8という数字を強調する。
「しかも、ギルドと違って一ヶ月後に全額返済する必要はありません。月々10万払うだけでいいんです」
リソクスキの笑顔に冒険者の心が動く。
「今から一年待って、120万の武器を買いますか? それとも、リボ払いで今日、武器を買いますか? どっちがお得かは、ご明白ですよね」
ざわめきが起こる。
リソクスキが部下に合図する。
ここは考える時間を与えてはならない。
畳み掛けねば。
合図に大量の武器・防具が運ばれてくる。
「当店自慢の武具です。もちろん、鑑定書付きですのでご安心を。ボタクリー商会はまがい物で騙すような不誠実な真似はいたしません」
どれもそれなりに高額の武具。
冒険者の手持ちの金では買えそうもないものばかりだ。
「ここにお越しいただいた皆様には特別サービスです」
リソクスキは今日一番の笑顔を見せる。
「先ほども申しましたが、本来なら利息は月8
7本指でアピールする。
「ここにある武器は限りがあります。早い者勝ちですので、お急ぎ下さい」
冒険者たちは完全にリソクスキの思惑にハマっていた。
酔っているせいもある。
今日だけ、早い者勝ち、と言われ焦る気持ちも。
そしてなにより、今すぐ新しい武器を得たい欲求に身体を突き動かされる。
冒険者たちが我先にと殺到しようとしたところ――。
「ちょっと、いいか?」
店の奥から男が大声を上げる。
フードを目深に被った男だ。
「なんでしょうか?」
リソクスキは慇懃な態度ながらも、せっかくの流れに水を差され苛立っていた。
「月10万の支払いで120万ゴルの武器が買えるんだよな?」
「はい、おっしゃる通りです。大変お得でしょう?」
「利息は月7分か?」
「はい。ギルドよりもお得になっておりますよ」
「ひとつ訊きたいんだが――」
一同静まり返る。
「その場合、返済が終わるまでどれくらいかかるんだ?」
「そっ、それは……」
「何ヶ月かかるんだ?」
「利息がかかりますので、12ヶ月よりは多少長くなりますが……計算が複雑なので、すぐには…………」
「じゃあ、代わりに答えてやるよ。だいたい、二年半だ」
動揺したリソクスキは言いよどむ。
「120万ゴルの武器を買うために、300万近く払わなきゃなんねえんだよ」
男の説明に冒険者たちの熱が醒める。
「なんだ、それ」
「詐欺じゃねえか」
怒気を孕んだ視線がリソクスキに集中する。
リソクスキの作り笑顔が剥がれ落ちた。
「チッ、貴様……。余計な邪魔しやがって。ボタクリー商会を敵に回して、この街で冒険者を続けられると思うなよ」
「それ、俺に言ってんだよな?」
「ああ、貴様は絶対に許さん」
「へえ、俺の顔見ても、同じこと言えんのか?」
男は立ち上がり、フードを跳ね上げる。
「『流星群』を敵に回して、この街で商売を続けられると思うなよ」
男の名はジン。
『流星群』いちの頭脳派で、情報収集担当の男だ。
「コイツらが簡単に騙されるくらいだ。田舎から出てきたばかりで右も左も分からないような若造を借金漬けにするなど造作もないよな」
ジンは予想していた。
レントの【リボ払い】を知ったときから、遅かれ早かれこういった輩が現れるだろうと。
ジンはお金儲けが大好きだ。
取り引きが大好きだ。
合意に基づく取り引きは売った方も、買った方も得するからだ。
お互いに幸せになれる。だから、ジンは取り引きが好きだ。
しかし、それだからこそ、騙して儲ける方法が許せなかった。
相手の幸せを奪って、自分が幸せになるなど、ジンにとっては言語道断だ。
ここに来たときから煮えくり返りそうな
時機を得たジンは、その怒りを開放する。
周囲にいた冒険者が「ヒッ」と尻込みする気迫。
それをまともに叩きつけられ、リソクスキは尻もちを突き、ガクガクと震え上がる。
「フンッ」
さらに気迫を強めると、リソクスキは失神した。
商会の他の人間たちも立っていられない。
ジンは不機嫌そうに、冒険者に向かって告げる。
「お前らも、簡単に騙されるんじゃねえよ。商売人が言うウマい話ってのは、向こうにとってウマいって意味なんだよ。欲をかくと痛い目見るぞ」
それだけ言い放つと、ジンはその場を後にした。
これは少し先の話になるが――。
アコギな商売を企んだことが広まり、そこに『流星群』の名が後押し。
ボタクリー商会はメルバの街から撤退せざるを得なかった――。
◇◆◇◆◇◆◇
「あなただけ特別」
「今日限り」
「早い者勝ち」
悪徳商法の定型句なので、この言葉が出てきたら注意しましょう。
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