第114話 SS02 リンカの行きつけ
『断空の剣』とのケリがついた数日後の夕暮れ時。
ダンジョンから帰還したレントたちは、ギルドでの精算を済ませ、街を歩いていた。
「今日はどうしようか?」
「あの~、私の行きつけの店はどうでしょうか?」
「リンカの?」
「はい。エムピーさんも食べたことがないコナモンのお店です」
「賛成です~」
未知のコナモンと聞いて、エムピーが目を輝かす。
「じゃあ、そこにしようか」
「やったです~」
リンカの案内で三人は下町に向かう。
あまり裕福でない人々や駆け出しの冒険者が暮らす場所。
そこは活気に溢れていた。
やがて一軒の店にたどり着く。
「ここ?」
「はいっ。この店ですっ」
リンカが先頭に立ち、
狭い店内には油とソースの焦げる匂いが充満しており、間違いなくここはコナモン屋だと伝わって来る。
エムピーは鼻をクンクンさせ、うっとりとしている。
少し早い時間帯にも関わらず、空いているテーブルはふたつだけ。流行っている店のようだ。
「おばちゃん、また来たよ」
「あら、リンカちゃん、いらっしゃい」
恰幅のよい中年女性が出迎える。
親しみやすい笑顔だ。
「あれ、彼氏かい?」
「ちっ、違いますよぉ」
リンカは顔を赤くして、ぱたぱたと手を振って否定する。
「今度一緒にパーティを組む事になったレントさんです」
エムピーは他の人には見えないので、レントだけ紹介する。
店のおばちゃんは、リンカの言葉に顔を曇らせる。
「大丈夫なのかい?」
おばちゃんはリンカが何度もパーティーから追い出されたことを知っており、気遣う素振りを見せる。
リンカは曇りのない笑顔で応えた。
「心配いりませんよ。レントさんは特別です。初めて心から仲間だと思える相手に出会えたんです」
「はじめまして。リンカのパーティーメンバーのレントです。今日は彼女のオススメのお店ということで楽しみにしてます」
長年の接客業で、多くの人間を見てきたおばちゃんだ。
レントの顔をじっくりと見て、安心したようだ。
「この子は放って置けないからね。よろしく頼んだよ。ほら、空いてる席に座って座って」
おばちゃんにうながされてテーブルにつく。
四人がけのテーブルだが、注目すべきはテーブル中央にある鉄板だ。
「はいよ。熱いから気をつけてね」
おばちゃんが加熱用魔道具のスイッチを入れ、ふたつのヘラで鉄板に油を薄く塗る。
「おばちゃん、いつもの倍でお願いね」
「へえ、細い身体してるけど、アンタもリンカの同類かい?」
「いえ、僕は……」
リンカは大食い――それでは収まらないほどの異次元胃袋の持ち主。
レントもそれなりに食べれるが、とてもリンカには及ばない。
その代わりは――食いしんぼ妖精エムピーだ。
彼女もその小さな身体のどこに入るのか、というほどの大喰らい。
「まあ、いっぱい食べてくれるなら大歓迎さ。気に入ったら、贔屓にしておくれ」
しばらくすると、大量の皿と巨大な椀が運ばれてくる。
皿にはキャベツ、乾麺、モチ、チーズ、明太子――といった具材が山盛りに。
お椀に入っているのは、少しトロみがあるソース色の液体。
「これが本当にコナモンなんですか?」
コナモンと言えば、もっちりふっくらが特徴だ。
今まで完成形のコナモンしか見たことがないエムピーは訝しげな視線を向けている。
「はいっ! ここは自分で作るお店なんですよ。これがちゃんとしたコナモンに変身するんですっ!」
「へえ、自分で作るのか」
「素材も安い物ですし、店は料理の手間もないので、お手軽価格なんです」
リンカの過去は恵まれたものではない。
金銭的にもギリギリの生活だった。
それを救ったのがこの店だ。
安くて、お腹いっぱい、そして、美味しい。
リンカだけではなく、駆け出し冒険者にも人気の店だ。
「じゃあ、始めますね」
リンカはまず、鉄板の端にサイコロ状のモチを並べ、その上に明太子を乗せる。
次にリンカがつかんだのはキャベツだ。
手づかみしたザク切りキャベツを鉄板に乗せると、二本のヘラを両手に掴み――。
「
握られたヘラが赤い闘気に包まれる。
もの凄い勢いで上下するヘラ。
カカカカカッと小気味よい音を立てながら、キャベツが細かく刻まれていく。
「ふう。やっつけました~」
赤い闘気が消え、リンカは満足そうにする。
キャベツはみじんに刻まれているが、鉄板には傷ひとつ付いていない。見事な腕前だ。
「ザグ切りが良いっていう人もいますが、私はみじん切りの方が好きなんです~。今までは苦労してましたが、スキルがあるとラクですね~」
「そ、そうなんだ」
まさか、こんなことでスキルを発動させるとは思っていなかったので、レントは呆れ気味だ。
だが、それと同時に嬉しくもなる。
少し前まではリンカにとって【阿修羅道】は呪いだった。
それが今では、こうやって笑いながら料理のために使えるほどだ。
本当に過去を乗り越えたんだな――レントは頬を緩ませる。
「さあ、土手づくりです~」
油と絡まり、しんなりしたキャベツをドーナツ状に広げていく。
次に、出汁を三回に分けて投入。
じゅわぁという音とともに香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
「じゅるり」
「ははっ、ヨダレ出てるよ」
エムピーは身を乗り出して鉄板に釘付けだ。
その口元から垂れるヨダレを、レントが優しく拭う。
「思ったより煙が出るんだね」
「この温度が大事なんですよ~」
そして、熱せられたモチと明太子を投げ入れ、二本のヘラで混ぜていく。
「最後にこれを入れま~す」
細かく刻まれたチーズと乾麺を入れ、再度、混ぜ混ぜ――。
「完成で~す!!!」
鉄板の中央に広がる円状のコナモン。
お好み焼きと同じ形だが、こちらの方が汁気が多い。
「これがもんじゃ焼きで~す!」
「「もんじゃ焼き……」」
初めて聞く名に二人は感心したようにつぶやく。
「さあ、食べましょう。こうやってヘラですくって食べるんですよ」
リンカはさっきより小さなヘラで一口サイズに切り取ってみせる。
「熱いので気をつけてくださいね~」
ふぅふぅと冷ましてから、口に入れると「おいしい~」と幸せな顔だ。
「リンカちゃん、私も食べる~」
我慢しきれず前のめりなエムピー。
「はい、お二人もどうぞ」
エムピーは差し出されたヘラを奪うように掴み取る。
ティースプーンほどの小さなヘラだが、エムピーにとっては長槍サイズだ。
そのヘラを器用に取り回し、もんじゃを乗せる。
エムピーの頭の中は食べること以外は消え去っていたようで、リンカの忠告も忘れてパクッと食いつき――。
「あちちちちち」
もんじゃの熱さに、思わずヘラを手放す。
「がっつきすぎだよ。大丈夫?」
レントはその様子に和みながらも、エムピーに水を与える。
「ふぅ~。落ち着きました。もんじゃ、恐るべしです~」
「火傷しますからね。焦ったらダメですよ」
「ほら、冷ましてやるから」
レントは代わりにふぅふぅして、エムピーに食べさせてあげる。
「美味しいです~」
今度はちゃんと味わえたようで、エムピーはほっぺが落ちそうな表情で身悶えする。
「じゃあ、俺も」
レントも口に入れ、初めてのもんじゃに感動する。
「へえ、美味しいね。初めての食感だ」
「これだけじゃないんですよ」
リンカは得意そうにニヤリとする。
そして、一口サイズに切り取ったもんじゃを、ヘラで鉄板に押し付ける。
じゅうじゅうと焦げる音が上がる。
「こうやって、焦げにするのも美味しいんですよ~」
「なんですっ!!」
エムピーが瞳を輝かす。
ギルディアン・ドッグのカリカリで、焦げたコナモンの美味しさを知っているからだ。
「マスター」
「はいはい」
期待の眼差しを向けられたレントは、エムピーの代わりにやってあげる。
リンカの真似をして、もんじゃを適度に焦がす。
「はい、あ~ん」
「あ~ん」
焦げたもんじゃを口にしたエムピーは、一瞬だけ固まり、すぐに全身蕩けた。
「幸せです~。リンカちゃん、大好きです~」
何気ない食事風景だ。
だが、ダンジョン攻略は過酷だ。
いつも張り詰めていた、いつか切れてしまう。
こういった時間も、ときには必要。
三人とも明日に備えて、満腹になるまでもんじゃを堪能したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
オススメの具材あったら教えてください!
しばらくは週1回SS投稿で行きます。
第2部は遅くとも10月頃スタート……したいのですが、書籍化・コミカライズ作業を抱えていて、なんとも言えません。
気長にお待ちいただけると幸いですm(_ _)m
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