第111話 断空の剣29:最後の日

【最後の日】


 ――残り時間はあと僅かだ。


 ベッドに横たわったガイは、戦々恐々とそのときを待つ。

 ミサの狂態を目にしてから、ポーションはロクに飲めなかった。

 返済ノルマには全然届いていない。


「おしまいだ…………」


 顔面蒼白になり、カラカラに乾いた唇から小さなつぶやきが漏れる。


 持っていたポーション瓶が手から離れた。

 落下した瓶は砕け、床に染みを作るが、それを気にする余裕はなかった。

 震える手で冒険者タグを握り、ステータスを確認する。


 なにか、奇跡が起こっていないかと、儚い期待を抱いて。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


名前:ガイ

年齢:19

性別:男


ギフト:上級剣士(B)

MP:0/1,171

冒険者ランク:B

パーティー:――


【借入魔力量】

 レント:737,830MP


 利息:2,840/42,191MP

 不足:2,840MP

 期限:7の月9の日


【スキル】


 身体強化(LV2)

 気配察知(LV2)

 剣術(LV3)

 短剣術(LV2)

 物理耐性(LV2)


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 だが、現実は無情だ。

 さっきからなんの変化もない。


 不足分は2,840MP。

 今さら、どうにもならない。


 もう、破滅は間違いなしだ。


「うわああああああぁぁぁぁ」


 頭を抱えて絶叫する。

 強く握りしめられた髪の毛がブチブチと音を立てて、何本も抜けるが、それどころではない。


 誰にでも平等に時は流れる――。


 その瞬間を待ち望む者もいれば、その反対の者もいる。


 それでも、淡々と――時は流れる。


 破滅の瞬間はすぐそこまで訪れていた。


10


――――――――――――――――。

































 日付が変わり、三人の身体から、なにかが抜け落ちる。

 魔力を取り立てられたときと似たような感覚だが、もっと本質に近い部分が失われたようだ。


 その異変には気づいていたが、それでも、ガイはまず安心した。

 命までは奪われなかったことに。

 だが、嫌な予感が離れない。


 ――今のなにかが失われる感覚はなんだったのか?


 ガイはベッドから起き、テーブルの上のコップから水を飲む。

 ぬるく質のよくない水だったが、今のガイには味を感じる余裕はなかった。

 それから、大きく息を吐き出す。


 ステータスを確認するまでは安心できない。

 ゆっくりと深呼吸してから、祈る気持ちでタグを握りしめた。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


名前:ガイ

年齢:19

性別:男


ギフト:中級剣士(C)

MP:0/1,171

冒険者ランク:B

パーティー:――


【借入魔力量】

 レント:708,240MP


 利息:39,232/39,232MP

 不足:1,128MP

 期限:7の月19の日


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 無情にも、十日後の利息を告げる表示。


 そして――。


「なんでだ……?」


 借入量が下がっており、それに伴い、利息と不足分も減っている。

 ガイには理由がわからず、混乱する。


 腑に落ちない思いだが、ガイにとっては朗報だ。

 次の10日間でポーションをたった3本飲めばいいだけ。


 ――これなら、一人でもなんとかなるな。


 武具もない状態でポーション代3万ゴルを稼がなければならないという問題はあるが、この数日に比べれば大したことない。


 ――ビビらせやがって。


 再度、胸をなでおろしたガイだったが、続くステータスを見て絶句した。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


【スキル】 ――――


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


「えっ、スキルが…………」


 この5年間で獲得したスキルがすべて失われていた。

 嘘ではないかと、何度も確かめるが、ステータスに変化はない。

 確認しているうちに、見落としていたそれにガイは気がついた。


「……………………っ」


 驚きのあまり、声も出ない。


 変わっていたのはギフト。

 Bランクの上級剣士からCランクの中級剣士に下がっていた。


 利息返済ができなかった場合、その代償として創世神ユグドラシルから授かった恩恵が強制徴収される。

 通常では奪えないそれらを徴収可能にする――それこそが《無限の魔蔵庫》のもっとも恐ろしいところだった。

 そして、それを認めたのは世界を定めし創世神ユグドラシル

 一介の人間に逃れるすべはなかった。


 ――なにが起こったのか?


 ガイの不足分は2,840MP。

 最初に不足分の返済にあてられたのがスキルだった。


 例えば、【剣術】スキル。

 レントが【スキル購入】で手に入れる場合――。


 LV1が1,000MP。

 LV2が10,000MP。

 LV3が100,000MP。


 なので、【剣術(LV3)】を手に入れるには、計111,000MPが必要だ。


 そして、スキルが返済にあてられる場合は、その価値が100分の1になる。

 【剣術(LV3)】なら、1,110MPだ。


 同じようにすべてのスキルを返済にあてると合計2,430MP。

 それでも410MP足りなかった。


 不足分を補うため、次に徴収されたのはギフトだ。

 その結果、ギフトが《上級剣士》から《中級剣士》に下がった。

 《上級剣士》は魔力に換算すると300万MP。

 スキルと同様に100分の1になるので3万MPが返済にあてられた。


 よって、ガイが強制徴収によって返済したのは32,430MP。

 利息を返済しても29,590MP残る。

 この分は元本の返済にあてられた。


 レントを追放して以来、初めて元本を減らすことができたのだ。

 だが、その代償はあまりにも大きすぎた――。


 ――利息を滞納した場合、《無限の魔蔵庫》はすべてを奪っていく。


 まずはスキル。

 次いで、ギフト、冒険者ランク、最大魔力量、能力――。


 最終的に成人の儀によって創世神ユグドラシルから恩恵を授かる以前の状態になるまで、すべてを奪われる。


 それこそが、創世神ユグドラシルがレントに授けた悪意に満ちたSSSランクギフト――『七罪の烙印』のひとつ、《無限の魔蔵庫》だった。


 ガイはその場に崩れ落ちる。


「なんで……なんで…………」


 この状況でも残りの二人はなんの反応も示さない。


 現実を受け入れず、自分の殻に閉じこもってしまったエル。

 修復不可能なほど、完全に壊れてしまったミサ。


 だが、二人が気づこうと、気づくまいと、関係なく取り立ては執行される。


 二人ともスキルはすべて奪われ、ギフトは中級に下がった。

 ガイと同じく、多少は元本を返済できたが、まだまだ完済には程遠い。


 ――取り立てはまだまだ続く。


 彼らが創世神ユグドラシルから授かったすべてを失うまで。


 ガイに比べれば、自我を手放した二人はまだマシかもしれない。

 彼はこれからも10日ごとの強制徴収に怯え続けなければならない。

 ガイにとっての地獄はまだまだ終わっていない――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『エピローグ』

第一部最終回になります。

本日、20:20に投稿します。


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