第110話 断空の剣28:残り2日

【残り2日】


 三人の間に会話はない。

 三人が三人とも、自分の世界に閉じこもっていた。


 昨日、あれから三人がどう過ごしたか――。


 エルは現実から逃げていた。


 2日後になにが起こるのか……。


 今まではガイとミサがなんとかしてくれた。

 だけど、もう、仲間を頼ることはできない。

 自分から手を離したのだから。


 後は、自分ひとりで解決しなければならない。

 でも、そのためにはポーションを飲まなければならない。


 どうすれば?

 どうすれば?

 どうすれば?


 答えの出ない問いがグルグルと頭を回り続ける。


 状況は彼女の処理能力を超えていた。

 かつてない重圧に、完全に押し潰された。


 その結果――。


「あはははははは」


 力のない笑いがこぼれる。

 エルは考えるのを放棄した。


 現実から目を背け、自分の殻に閉じこもる。

 それだけが、彼女を壊さないで済む唯一の方法だった。


 ミサは――夢の世界にいた。


 あれから1日以上たったが、床に倒れたまま、意識を取り戻していない。


 耐え切れないプレッシャーとポーション乱用による副作用によって、彼女は幻覚の世界に囚われていた。


 ローパーやテンタクルスなどの触手モンスターがぬめぬめとした体液にまみれた触手で全身を絡み取り――。

 牙狼ファングウルフ大蛇キングボアなどの動物型モンスターが肉を噛みちぎり――。

 メガアントや地獄甲虫ヘルビートルらの虫型モンスターが肌の上を這いまわり――。

 ゴブリンやオークの亜人モンスターに陵辱される――。


 地獄絵図そのものな世界だが、それでも、ミサは笑みを浮かべていた。

 瞳からは光沢が消え、焦点は合わずに虚ろなまま。

 半開きの口元からは、泡となったよだれが流れるまま。

 その口からは嗤い声が漏れていた。


「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタ――」


 壊れた嗤い声が――。


 中毒には二種類ある。

 慢性中毒と急性中毒だ。


 慢性中毒は長期に渡る継続摂取により、体内に毒素が貯まって徐々に身体に異常を引き起こすもの。

 急性中毒は短い期間の大量摂取によって引き起こされる身体異常だ。


 ミサの場合は急性中毒。

 即座に適切な対処を行えば、なんとかなったかもしれない。

 だが、1日以上経過した今――すでに、手遅れだった。


 壊れたミサは――もう二度と元には戻らない。


 ある意味、幸せなのかもしれない。


 意識が壊れ、怯えることも、苦しむこともない。

 他人からすれば、おぞましく、むごい、吐き気をもよおす幻覚であっても、本人が不幸だと認識できる能力がなければ――幸せなのかもしれない。


 そして、ガイはというと――。


 残りのノルマ8本の状態で今日を迎えたが、今日1日かけてなんとか1本飲めたきりだ。

 どうしても、どうしてもそれ以上は無理だった。


 頭の中では警鐘が鳴り続けている。

 ここで踏ん張らないと破滅だと訴えかける。

 だが、それでも――身体は言うことをきかない。


 にじり寄る破滅の恐怖。

 ポーション中毒の恐怖。


 断続的に響くミサの嗤い声。

 それに一切の反応を示さないエル。


 明日の我が身を暗示する二人。


「うわぁあああああぁぁ」


 恐慌に駆られたガイの絶叫がミサの嗤い声と混ざり、それは長く長く鳴り響いた――。

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