第109話 断空の剣27:ポーション中毒
ベッドの上、半覚醒の状態で副作用と戦うガイ。
身体を小さく丸め、止まらない震えにうめき声をもらす。
決闘の誓約違反による苦痛ほどではない。
だが、それが逆にガイを苦しめる。
今回の苦痛は簡単に意識を手放せるほどでない。
いっそ、気を失えれば、どれだけ楽だったことか。
――30分ほど。
ガイにとってはいつ終わるともしれない、長い長い時間だった。
痛みが少し和らぐ。
完全に消えたわけではなかったが、なんとか身体を動かせる状態になった。
「俺は…………」
ぼんやりとした頭で、自分の置かれている状況を把握しようと努める。
そして――思い出した。
エルとミサの脱退。
それによって減った利息。
上体を起こすと同時に、心のうちから喜びが全身に染み渡る。
喜びはステータスを再確認することによって、より一層強くなった。
勝ち誇った笑みを二人に向ける。
エルはベッドに横たわり、背中を向けている。
動きはない。
寝ているのだろうか。
そして、ミサは――。
先ほどと同じ姿勢のまま、床に座り込んでいる。
両手はキツく握りしめられ、白くなったいる。
うつむいており、表情はわからない。
そのとき、下を向いている顔から、なにかがポトリと垂れた。
ガイはようやく気がつく。
ミサの服に広がる赤い染みに。
強く、強すぎるほど噛み締めた唇から垂れる赤い雫。
ガイからは見えないが、ミサの犬歯は唇を切り裂き、深くめり込んでいた。
ガイの背筋に冷たい汗がつぅーと流れる。
「おいっ、ミサっ」
思わずガイは声をかける。
しばらくは返事がなかったが、ミサは出し抜けに立ち上がる。
「――いいわよっ。やってやろうじゃないっ!」
ミサは袖口で乱暴に口元を拭う。
赤く染まった袖を気にすることもなく、大声を上げる。
「たかが22本っ。それくらい、余裕よっ!」
残り22本という厳しい状況を突きつけられても、彼女は決して諦めなかった。
これまでの振る舞いからもわかるように、諦めの悪さだけは人並み以上だった。
たった3日。
1日8本。
それを乗り切ればいいだけだ。
なんとかなる。
――そう自分に言い聞かせて。
たとえ、今回を乗り越えても、また次の10日間も同じ苦しみが待っているという事実からは目をそらし、目の前のノルマに向かって全力を尽くそうと決心した。
テーブル上のポーションを勢いよく掴みとると、ためらいなく一気飲み。
そのまま、1本、2本と休みなく飲み干していく。
全身が訴える抵抗を必死に押さえつけ、ポーションを流し込む。
「おいっ、大丈夫か。無理すんなよっ」
狂気を感じさせるミサの行動。
心配になったガイは思わず声をかける。
だが、ミサはガイをキッと睨みつけるだけ。
黙ってポーションを飲み続けた。
そして、限界量といわれる5本をクリアした。
それでも、ミサは止まらない。
意識は朦朧としながらも、根性だけで6本目を空にする。
続いて7本目を手に取る。
手は震え、ポーションが零れそうになる。
逆の手で抑えつけ、強引に口の中に押し込む。
そして、7本目を飲み干すとともに――プツリと糸が切れた。
床に倒れるミサ。
手足は力なく投げ出されている。
口からは泡を吹き、身体はピクリとも動かない。
「……………………」
一目で尋常ではないとわかる。
医者を呼ぶべきか?
エルはこの騒ぎの間も動きがない。
寝返りひとつ打たなかった。
眠っているのか、それとも、ミサと同じように……。
ガイは一瞬、考えこむ。
「いや、アイツらは俺を裏切ったんだ。自業自得だ」
ミサやエルの心配をしている場合じゃない。
立て続けにポーションを飲んだらどうなるか、ミサが身を持って示してくれた。
――残り10本。
エルとミサが抜けたことによって、活路が開けた。
残り2日半で10本という量は、同じ期間で9本飲んできた彼にとっては十分達成可能な量だった。
ただ……立て続けに飲むとミサのようになってしまうかもしれない。
それだけは注意が必要だ。
「時間をかけて、ゆっくり飲んでいくか。1日3本ちょっとだ。なんとかなる」
自分に言い聞かせ、ポーション瓶に手を伸ばす。
1本、2本とゆっくりと時間をかけて飲み、夕方になった頃。
3本目を手を伸ばそうしたところで、ピタリと身体が動かなくなった。
身体が全力で拒否していた。
いくら頑張ろうと思っても、身体がついてこない。
そして、なけなしの勇気を振り絞って腕を動かそうとしたところで――。
「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタ――」
ミサの狂った
明らかにまともじゃない。
狂気に溺れるミサ。
もう、二度と正常に戻れないかもしれない。
魔力回復ポーションの乱用の怖さは話に聞いていた。
飲み過ぎて廃人になった者がいるという話も。
しかし、実際に目の当たりにした恐怖は、話で聞いていたのとは比べ物にならなかった。
ミサの惨状を前に、恐怖がガイをすくめとった。
――下手したら、自分も同じ目だ。
手が止まる。
自分の汗で全身がぐっしょりなっていることに、ようやく気がつく。
震えが止まらなかった。
ベッドに潜り込み、頭から布団をかぶる。
目を閉じ、両手で耳を塞ぐ。
だが、今見た衝撃的な光景は
結局、この日は三人ともそれ以上ポーションを飲むことができなかった――。
◇◆◇◆◇◆◇
※ お薬は用法・用量を守って正しくお使いください。
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