第108話 断空の剣26:ミサの誤算

「――私も抜けさせてもらうわ」

「はあっ!?!?」


 驚愕するガイをよそに、エルは満面の笑顔でタグを操作する。


 ミサもずっと考えていた。

 自分だけでも助かる方法を。


 1日5本というノルマ。

 自分一人なら達成できる。

 その確信があった。


 しかし、他の二人は無理だろう。

 だから、どのタイミングでパーティーを離脱しようか機を窺っていたのだ。


 心配したのは、脱退によるペナルティー。

 レントのことだから、抜けることによってより不利になるかもしれない。

 その恐れがあったので、なかなか行動に移せないでいたのだ。


 しかし、その心配がないことをエルが証明してくれた。

 抜けても取り立てが3分の1になるだけで、ペナルティーはない。

 だったら、私一人は助かる。


 それがわかった以上――さっさと抜けるだけだ。


 そう思い、解放された喜びとともにステータスを確認したミサは――。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


【借入魔力量】

 レント:1,054,704MP


 利息:19,821/60,311MP

 不足:10,687MP

 期限:7の月9の日


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


「えっ――――」


 嘘ではないかと、何度もステータスを確認する。

 だが、何度見ても表示は変わらなかった。


 エルの不足分が7,532MP。

 それに対して、ミサの不足分は10,687MP。

 ポーション22本分だ。

 明らかにエルより多い。


「なっ……どっ、どうして…………」


 ミサは勘違いをしていた。

 借入は三人で等分されると。


 しかし、実際はそうではなかった。

 パーティーを組んでいる間は、三人の借入が一括されるが、パーティーを抜けると、各人がレントから借りた量をそれぞれ返済しないとならない。

 エルの借入が3分の1近くだったのは、たまたまエルの借入量が丁度二人の中間だったからだ。


 ミサは他の二人より多くの魔力を借りていた。

 それは、『断空の剣』の戦闘スタイルが理由だ。


 戦闘時は、まずエルがバフをかけ、ミサが最大火力で攻撃魔法をぶっ放し、トドメをガイの剣技スキルで倒す――それが『断空の剣』の戦闘スタイルだ。

 それで勝てる敵ばかりを相手にしてきた。


 一般的に攻撃魔法は剣技スキルや付与魔法より、魔力を多量に必要とする。

 特に、ミサの最大火力魔法は最大魔力のほぼすべてを消費する。

 通常なら、ほとんど使う機会がない、ボス戦などの特別な場合のみ使用するための魔法だ。

 しかし、レントのおかげで、ミサはそれを毎回使えたのだ。


 その恩恵によって、ここまで登り詰めることができたのだが――その代償を支払うときが、ようやく来たようだ。


 22本。

 残り2日半。


「むりよ…………」


 ミサはその場にへたり込む。


 エルは浅はかさゆえに、間違えた。

 ミサは浅ましさゆえに、間違えた。


 結局、一番得をしたのはガイだった。

 ガイは自分のステータスを確認する。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


【借入魔力量】

 レント:737,830MP


 利息:13,866/42,191MP

 不足:4,840MP

 期限:7の月9の日


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 ガイの不足分は4,840MP。

 ポーションに換算すると10本。


「うおおおおおおぅ。減ってやがるぜぇぇぇぇ!!!」


 十分に達成可能な量だ。

 二人に対する怒りは失せ、歓喜に顔を染める。


「ははっ、二人ともありがとな。おかげで、なんとかなりそうだぜっ!」


 ミサは座り込み、エルも布団を被り、背を向けてベッドに横たわる。

 絶望する二人とは対照的に、一人浮かれるガイだった。


 ガイは重苦しくのしかかっていた重圧から解放され、笑いが止まらなかった。

 長い間、笑い続け――ピタリと動きを止める。


「うっ…………」


 心臓を鷲掴みにされるような痛みに立っていられなくなった。

 今まで興奮状態で忘れていたポーション多用による副作用が一気に襲ってきたのだ。

 ベッドに倒れこんだガイの呼吸は激しく乱れていた――。


 ベッドに寝て、なにを考えているかわからないエル。

 床に座ったまま、キツく唇をかみしめているミサ。

 横たわり、痛みに耐えるガイ。


 こうして――『断空の剣』は5年間の活動に幕を下ろした。


 その華々しい活躍とは対象的に、報いに相応しい醜悪な幕切れだった。

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