第105話 断空の剣23:残り4日

【残り4日】


 最悪の朝だった――。


 眠る直前まで気を張っていたミサだったが、目覚めは不快そのものだった。

 悲鳴を上げる身体にムチを打って、なんとか起き上がる。


 そして、テーブルを見て、大きく溜め息をつく。


「やっぱり、飲んでいないじゃない」


 テーブルの上に残された2本。

 本来なら、エルが飲まなければならない分だ。


「私が起きてなきゃ、ダメだったわね」


 こうなることは、薄々危惧していた。

 ミサの目がなければ、エルが飲まないことは予想できた。

 自分が起きて最後まで見届けるべきだった。


 だが、わかっていても、あのときは身体が限界だった。

 この先のことを考えると、副作用による頭痛とは別に頭が痛くなった。


「ふぅ〜〜」


 大きく息を漏らす。

 呼吸とともに不快感を身体から吐き出すように。

 だが、それはあまり効果がなかった。


 二人のベッドを見る。

 二人とも顔をしかめたまま、呻くような息を漏らしている。


 こめかみを押さえたまま、ミサは立ち上がる。

 そして、部屋を出て、階下に向かった。

 足取りはフラつき、階段を一段降りる度に、頭が割れるように痛んだ。


「起きなさいっ。朝食よっ」


 薄いスープと硬いパン。

 階下の食堂に向かう余裕のない二人のために、ミサがとってきたものだ。

 以前の三人なら、「こんな豚の餌食えるか」と憤慨したところ。

 実際、最初のうちは文句たらたらだったが、数日もすればそれにも慣れた。


 ――腹が減ってれば、なんだって食える。


 冒険者になった者が、すぐに学ぶことを、彼らは5年目にして身を持って理解したのだ。


 だが、今朝はそれどころじゃない。

 一晩眠っても、まだ、胃の中でポーションが暴れている気がする。


 ミサに言われて、なんとか上体を起こすが、テーブルに載せられた食事を見ただけで二人はえずいてしまう。


「だらしないわね」


 ミサも体調は良くないが、まだ我慢できる程度。

 二人ほどではない。

 パンをスープに浸し、淡々と食べていく。


 一方、ガイとエルはスープを二口、三口。

 それが限界だった。


「エル。あなた、昨日サボったでしょっ!」


 スプーンを持ったまま動きを止めているエルに、ミサが厳しい目で問い詰める。


「なにッ、どういうことだッ!」


 声を荒げるガイに、ミサが事情を説明する。

 それを聞いたガイもエルを睨みつける。


「ごめんなさいー。無理でしたー」


 悪びれた様子もない。

 二人のこめかみがピクつく。


 だが、どうせ言っても効果がないことはミサも承知していた。

 いざとなったら、無理やり飲ませる手もあるが……。

 ミサには、もうひとつ考えがあった。


 ――強行手段はそっちがダメになった後でいいわね。


「いい? 今日はちゃんと飲むのよっ!」

「昨日の分もだぞッ!」

「はいー」


 二人に詰め寄られても、エルは堪えていない。


 エルは今まで苦労をしたことがなかった。

 困ったときはガイたちが助けてくれたからだ。


 自分はなにも考えなくていい。

 困ったら助けてくれる。


 そうやって、5年間、楽な生き方しかしてこなかった。

 エルにとっては、なんで自分がツラい思いをしてまでポーションを飲まなければならないのか、納得がいかない。


 ――頑張っているフリをすればいいですー。大変なことは二人に任せればいいですー。


 どうせ最後は二人がなんとかしてくれる。

 エルは甘えきっていた。


 結局、その日三人が飲めた本数は――。


 ミサはノルマ通り5本。

 ガイも頑張ったが3本でギブアップ。

 エルに至っては、たったの1本だった。


 2日間の合計が22本。

 残り3日で55本飲まねばならない。

 このペースだと絶対に間に合わない。


 そんな状況でも、二人から責められても、エルは決してそれ以上飲もうとはしなかった――。

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