第104話 断空の剣22:ノルマ

 狭く汚い部屋の中。

 ベッド脇の小さなテーブルに乗っている水差しと3つの木製のカップ。


 それらを端に寄せ、買ったばかりのポーション瓶を載せていく。

 小さなテーブルは15本並べると、それだけでいっぱいになった。


「確認するわよ。みんな、ステータスを開いて」


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【パーティー借入魔力量】

 レント:2,678,078MP


 利息:86,132/153,139MP

 不足:38,059MP

 期限:7の月9の日


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 そこには、レントから借りた魔力に関する情報表示されている。

 魔力回復の腕輪と自然回復によって、利息は減っている。

 だが、このままなにもしなければ、レントが言ったように期限の日には38,059MP不足する。


 それを回避するには、魔力回復ポーションを飲んで返済にあてるしかない。

 その本数は77本。

 そして、期限は5日後。


「いいわねっ。ひとり1日5本よっ」


 レントに言われた1日5本。

 飲める限界と言われている本数だ。

 それでも、5日間飲み続けるしかない。


 レントを追放してから、三人は魔力回復ポーションを飲むようになった。

 その日の返済分を返し終え、魔力を回復させないと戦えなかったからだ。

 その中でも、一番飲み慣れているのはミサだ。

 先日も決闘の際に、5本立て続けに飲んだ。

 他の二人は、ミサほど飲み慣れていない。


 ミサは3つのコップにぬるくなった水を注ぐ。

 それからポーション瓶に手を伸ばし、フタを開けると、一気に飲み干し、すぐにコップの水を呷る。

 独特の後味に顔をしかめながら、ミサは告げる。


「ほらっ、アンタたちもっ!」

「うっ……」


 ガイも顔を歪める。

 多少飲み慣れたとはいえ、不快な味には変わりない。

 できれば飲みたくなかった。

 だが、飲まないと破滅すると、ガイも知っていた。

 嫌々ながら、瓶を掴み、鼻を摘んで飲み下す。


 エルは瓶を持ったまま、しばらく見つめていたが、ガイが飲み干したのを見て、覚悟を決めた。

 そして、一口飲んで――。


「まずいですー」

「知ってるわよ。いいから全部飲む」

「はいー」


 ミサに急かされ、イヤイヤながらも残りを飲み切った。


「ステータスを確認するわよ」


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


【パーティー借入魔力量】

 レント:2,678,078MP


 利息:84,632/153,139MP

 不足:36,559MP

 期限:7の月9の日


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


「うん。ちゃんと1,500減ってるわね」

「ああ、そうだな」

「へってますー」


 三人ともステータス表示を見て安心した。

 レントが言っていたことは正しかった。

 ちゃんと予定の本数を飲みきれば、なんとかなるとわかった。

 問題は、それを実行できるかだが……。


「さあ、次いくわよっ」


 ミサが新たな瓶を掴んだが、二人がそれを止める。


「ちょっ、ちょっと待て、休憩させろ」

「すぐは無理ですー」

「そろそろ、夕食の時間だ。それが終わってからにしようぜ」

「賛成ですー」

「いいだろ? なっ?」


 ミサは大きく溜め息をついて、瓶をテーブルの上に戻す。


「そうね。わかったわ。その代わり、なにがなんでも今日中に残り4本は飲んでもらうからね。いい?」

「ああ、わかった」

「わかりましたー」


 ――その後、夕食をはさみ、三人は時間をかけてポーションを飲んでいった。


 一本目は一気に飲めたが、二本目、三本目と増えるにつれてキツくなってくる。


 ミサがノルマの5本を飲み終えた頃には夜もすっかり更けていた。


「私は終わったわよ。二人も頑張って」


 空のポーション瓶を振って、ミサは二人にアピールする。

 それを見たガイは対抗心を燃やし、意地になってポーションを一気飲みする。


「なんだよ……その気になれば…………なんとか……なる……じゃ……ねえ……か…………」


 言い終わるかどうか、その手からポーション瓶がこぼれ落ちる。

 ガイはそのままベッドに倒れこみ、意識を手放した。


「ほらっ、エルも飲んでっ。まだ、3本目よっ」

「ううっ……」


 エルが持つ瓶に残っているポーションは残り僅か。

 頑張ればひと口で飲み干せるだけの量。


 だが、エルはそのひと口のために30分以上も固まっていた。

 ミサがエルをキツく睨む。


「ううぅ……わかりましたー」


 なんとか勇気を振り絞り、エルは残りを飲み干した。


「うううぅ…………気持ち悪いですー」


 こみ上げる吐き気に、エルは口元を手で覆う。


「吐いちゃダメよ。堪えてっ」


 ミサが叱咤するが、エルは涙目だ。

 Bランク冒険者まで登りつめたとはいえ、エルは味方にバフをかけて、後ろで戦いを見守っていただけだ。

 苦痛にも、困難にも、ほとんど耐性がついていない。


「私は寝るけど、後2本。ちゃんと飲むのよっ!」


 棘を含んだ言葉とともに、新しいポーションをエルに押し付ける。


 二人が頑張っているのに、エルだけ甘えている。

 元からエルは甘えがちであったが、この極限とも言える状況でも、それは変わらなかった。


 そんなエルにミサは苛立ちをあらわにする。

 それに加えて、表には出さないがミサも体調不良であった。

 ガイのように気を失うほどではないが、頭痛と吐き気はずっと続いている。

 起きているのもそろそろ限界だった。


「いいっ? わかったわねっ?」


 それだけ言い残すと、ミサもベッドに横になる。

 呼吸は荒く、なかなか眠りにつけなかったが、やがて、身体が限界に至り、眠りに落ちた。


 その姿を見届けると、エルはポーションをそっとテーブルの上に戻す。

 今までは二人に見られていたから、彼女なりに頑張った。

 だが、その目がなくなった今、これ以上頑張る気はさらさらない。


 今日頑張らないと、明日はもっとツラくなる。

 それはエルもわかっていたが、イヤなものはイヤだ。


 さっさと布団をかぶり、エルも床につく。


 エルがサボったせいで、初日から予定は崩れた。

 三人はこれを後5日繰り返さなければならない。

 そして、日を負うごとに、キツさは増していく――。

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