第103話 断空の剣21:ジャンクストリート

 大通りしか知らない彼らは、情報を得るため冒険者ギルドに向かった。

 その頃には雨は弱まってきたが、彼らの顔が晴れ渡るにはほど遠かった。


 冒険者ギルドに入ると、そこにいた冒険者たちの視線が集中する。

 あちこちから漏れる、バカにしたような笑い声。

 聞こえるように侮蔑の言葉を口にする者たちもいる。


 ガイは苛立ったが、それを振り切るように、受付カウンターに向かって一直線に進んで行く。

 カウンター越しに、ギルド職員の女性へとガイが話しかける。


「おいっ、武具を売りたい」

「はい?」

「武器を売りたいんだよッ!」


 その意図が掴めない職員は、反射的に問い返す。

 ガイはその態度にイラッとし、語気を強める。


「どうぞ、ご自由に」


 職員は呆れていた。


 ここは冒険者ギルドだ。

 武器を売りたいなら、武器屋に行け。

 このようなやり取りも、冒険者に成り立ての若者だったら、微笑ましいと感じただろう。


 もちろん、職員はガイたちを知っている。

 Bランクのくせに、この態度。

 ギルド職員との応対の仕方も知らないのか。


 職員はレントとやり取りしたことがあった。

 レントの応対は文句なしの百点満点だ。

 こちらから親切にしたいと思わせる応対だった。


 それに対して――。


 きっと今までレントにすべてを丸投げしていたのだろう。

 レントが抜けた今、『断空の剣』が落ちぶれるのも当然だ。


 職員はまともに応対する気が失せていた。


「なっ……」


 ガイのこめかみに青筋が浮かぶ。

 今日1日の積み重なりで、ギルド職員までもが自分をナメていると感じたのだ。

 自らの非に気づきもせずに。


 そんなやり取りを見て、ミサは溜め息をつく。

 やっぱり、ガイはバカだと。


「ねえ、私たちの武具を売りたいの。どこがいいかしら?」


 少しはまともなのもいるのか、と職員は思う。

 職員は三人が現れたときから気づいていた。

 彼らの武具がボロボロで壊れかけていることに。


 それとともに、呆れていた。

 武具の手入れすら、できないのかと。


「この辺ですね」


 職員は一刻も早くこのやり取りを終えたいと、ぞんざいな態度で地図を取り出し、ある場所を指し示す。


 通称――ガラクタ通りジャンクストリート


 どんな武具でも――壊れる寸前であっても、買い取ってくれる店が並ぶ通り。

 どこでも買い取ってもらえなかったときに、最後に行き着く場所だ。


 地図を見て、ミサは場所を記憶する。


「さあ、行くわよ」


 お礼のひとつも告げず、三人は去って行った。


 最後まで無礼だった三人。

 普段から平静を心がけている職員であっても、さすがに腹が立った。


「次の方、どうぞっ」


 顔に出さないように努力しても、表情は引きつり、声にも棘が含まれる。


「ひっ……」


 ガイたちの後ろに並んでいたのは、冒険者になってたった一週間の少年。

 いつも笑顔な職員の変貌ぶりに、怯えてしまう。

 罪のない彼が、一番の被害者だった。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 三人は教えてもらった場所――ガラクタ通りジャンクストリートを訪れた。


 大通りから離れた裏道。

 武具屋が店を連ねている通りがある。

 狭い道に軒を争うように、傾いた屋根が並んでいる。


 中古武具を扱う武具屋街だ。


 新品の武器を買えないような若手冒険者。

 掘り出しものを期待して、賭けに出る冒険者。

 買い替えのために、ひどく傷んだ武具を売りに来る冒険者。


 そういった輩を相手にしている店々だ。


 あまり損耗していない武具であれば、大通りに構える店でも買い取ってくれる。

 だが、そういった店では、損耗が激しい武具は買い取ってもらえない。


 中古武具を買うのはギャンブルだ。

 ここに店を構えているような目利きであれば、武具の損耗度を見分けられるが、一介の冒険者にできる芸当ではない。

 買ってみるまでアタリかハズレかわからないのだ。

 たまに掘り出し物があるにはあるが、基本的には値段以上の価値はないと思ってよい。


 かといって、あからさまなボッタクリはない。

 ガラクタ通りジャンクストリートは競争が激しい。

 この一画に同じような店は何件も並んでいる。

 値段が気に食わなければ、隣に店に行けばいい。

 なので、極端に阿漕あこぎな商売は成立せず、なんとか需要と供給が釣り合っているのだ。


 そんなうらぶれた通りに三人の姿があった。

 大通りに近い店から順番に入り、納得の行かない顔で出てくる三人。

 それを繰り返していくうちに、ついに、行き止まりの店にたどり着いた。

 これが最後の店だった。


 大通りの店と違って、ガラクタ通りジャンクストリートの店はなにものも拒まない。


 壊れかけの武具であっても。

 『断空の剣』であっても。


 ガイたちの装備を調べ、店主のオヤジが査定額を伝える。


「なっ、なんでよっ! 全部で90万ゴルってどういうことよっ!」


 オヤジに向かって、納得がいかないミサが吠える。


「文句があるなら、他をあたりな」


 だが、下卑た笑いを浮かべるオヤジはとりつく島もない。


 90万ゴルは三人が想定した額よりも、そして、相場よりもはるかに安い金額だ。

 『断空の剣』が追い詰められているのを知った上で、足元を見ているのだ。


「…………それでいいわ」


 ミサは悔しさを顔に出しながら、それでも、受け入れるしかなかった。

 なぜなら、これまでに回ってきた店で提示された額はどこも似たようなもの。

 オヤジが提示したのは、それらよりも僅かに高い価格だった。


「ウチは良心的な店だからな。感謝しろよ」

「クッ……」

「「…………」」


 誰も彼もが『断空の剣』をバカにして、侮辱する。

 悔しい思いに耐えながら、三人は90万ゴルを受け取った。


 武器屋を後にした三人は、ポーション屋に向かい魔力回復ポーションを買い込んだ。

 武器屋と違って、ポーションは錬金ギルドが価格を定めているので足元を見られることはなかった。


 一本1万ゴルで、500MP回復するポーションだ。

 レントが伝えた本数は77本。

 余裕を持って、80本購入し、三人は宿屋に戻った。

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