第100話 葛藤(下)

中央情報機構ユグドラシルはどこまで知っているんだ?」


 前に訊いたときは、債務者の信用情報を照会できる場所だと言っていた。

 だが、それにしては、知りすぎている。

 ガイたちがどう行動するかまで把握していた。

 どこまで知っているのかと、疑問に思っていたのだ。

 今まで棚上げしていた問題だったが……。


 俺の質問にエムピーの羽が動きを止める。

 表情が真剣な話のときのそれに切り替わる。


「さすがはマスターですね。こんなに早く気づかれるとは思いませんでした。それでは、お伝えしましょう――」

「…………」


 一度口を閉じたエムピーに、俺もリンカも呼吸を止める。


「すべてを知ってますよ――創世神ユグドラシルは」


 ――創世神ユグドラシル


 エムピーは今、創世神のことをユグドラシルと呼んだ。

 言い間違えということはないだろう。

 成人の儀でギフトを我々に授けてくれるのが――創世神。


 人々にギフトを授ける能力があるのなら、債務者の情報を把握するくらいなんでもないのだろう。

 創世神であれば、なんでもできて不思議はない。


 ――ストンと腑に落ちた。


 そして、話しているうちにもうひとつの大切な問題にも俺なりの答えが出た。


「決めたよ、エムピー。それに、リンカにも聞いて欲しい――」


 二人の顔を順番に眺める――。


 エムピーとは一ヶ月。

 リンカとは二週間もたっていない。


 だけど、二人とも、大事な仲間だ。

 二人に恥じない生き方をしたい。

 胸を張って「俺は魔力貸しだ」と言えるように生きたい。

 そして、俺は魔力貸しである前に、冒険者だ。


「冒険者にはいろいろな役割がある。斥候職、攻撃職、魔法職、回復職。そして、俺は――《無限の魔蔵庫》は、支援職だ。仲間をサポートする役割だ」


 思わず俺は立ち上がる。


「俺の魔力でリンカを、そしてこれから出会う仲間たちを育てる。決して、暴利を貪ったりはしない。仲間を喰い物にはしない。利息をとるのは、俺も成長するためだ。皆で並んで成長する。俺の《無限の魔蔵庫》はそのためにあるんだっ!」


 言い切った俺は二人の顔を見る。

 ぱちぱちぱち。

 エムピーが拍手とともに、笑顔を浮かべる。

 生徒に向かって「よくできました」と褒める先生のように。

 リンカもそれに合わせて、拍手する。

 その目にはしっかりとした信頼が浮かんでいた。


 少し気恥ずかしくなり、慌てて腰を下ろす。


「なあ、エムピー、ふたつ訊いていいか?」

「はいです〜」

「SSSランクは『七罪の烙印』だって言ったよな?」

「はいです〜」

「俺とリンカ、他にも5人いるってこと?」

「ふふっ。いずれ交わることもあるでしょう〜」

「そうか……」


 きっとソイツらも呪いギフトに人生を翻弄されているだろう。

 ソイツらを救うのが、創世神ユグドラシルから与えられた俺の使命なのかもな。


「じゃあ、もうひとつ。今日俺にSSSランクギフトのことを教えたのも、ユグドラシルの差し金か?」

「私はマスターの質問にお答えしただけです。その過程で必要だと思ったので、伝えたまでです」


 どこか、はぐらかされた気がする。


 そもそも、ギフト妖精がどのような存在か、俺は知らない。

 いや、きっと、誰も知らないのだろう。


 今まで、自分のことで精一杯で気が回らなかった。

 俺の復讐を手助けしてくれる、便利で可愛い仲間だとしか考えてなかった。


 でも、今日の会話から、ユグドラシルとの繋がりが明らかになった。

 エムピーは、そして、ギフト妖精はユグドラシルの使いだ。

 エムピーの振る舞いのうち、どこまでが本人のもので、どこからがユグドラシルの意図なのか……。

 俺は自分の意志で行動しているようで、実はユグドラシルの意図のままに操られているんじゃないか……。


 心に影が差す――。


「ご安心下さい〜。マスターが2つの道のどちらを行こうと、エムピーはついて行きますよ。それこそ、地獄まででもです〜」


 SSSランクの話が出たあたりから、エムピーはどこかよそよそしかった。

 しかし、今のセリフはいつもと同じエムピーの言葉だと感じる。


 二人の間で絡まった視線が、もつれた糸をほどくように、まっすぐとまなこを繋ぐ。


 疑おうと思えば、いくらでも疑える。

 ユグドラシルがなにを考えているのか、俺にはわからない。


 でも、エムピーが俺を害することはないだろう。

 不思議な安心感があった。


「さっき、ふたつと言ったけど、もうひとつ訊きたい」

「はいです〜」


 エムピーはいつもの調子に戻っていた。


「【リボ払い】についてだけど……。貸した相手の同意なしに、後から利率や返済期限を設定できるよね。ガイたちの場合は、途中から利率も上げたし……」

「はいです〜」

「これ、やっぱりズルくない?」

「以前も伝えましたが、それはゲロ野郎どもが悪質だったからです〜。普通の債務者相手には、あそこまでできないです〜」

「そうだけど……。やっぱり、俺に有利だよね。その気になれば、気に喰わない相手を簡単に破滅させられるよね?」


 エムピーはにこっと微笑む。


「はいです〜。債務者は債権者の手のひらの上です〜。生かすも殺すも自由自在です〜。でも、マスターが気にする必要ないです〜」


 エムピーの笑みは揺るがない。


「なぜなら、それを決めたのは、誰あろう創世神ユグドラシルなのです〜」


 悪意を感じる。

 SSSランクギフトに込められた悪意。

 ユグドラシルの悪意だろうか。


 我々に力を授けてくれるユグドラシル。

 人類の味方だと、皆、思っている。

 俺もさっきまではそう思っていた。


 しかし――そう簡単な話でもないのかもしれないな。


 となると、本人の意志とは関係なく与えられるスキル。

 ここにもユグドラシルの何らかの意図が込められていると考えるべきだろう。

 なぜ、俺やリンカがSSSランクギフト保持者として選ばれたのか……。

 そして、なぜ悪意に満ちたギフトを人に与えるのか……。


「ユグドラシルはなぜ、簡単に人間を破滅に導ける力を与えるんだ?」

創世神ユグドラシルのお考えは矮小なギフト妖精には図りかねます」


 エムピーがとぼけているのか、それとも、本当にわかっていないのか……。


創世神ユグドラシルはマスターを《無限の魔蔵庫》の保持者として認めました。そして、マスターがギフトの能力を自由に使うことも認めました。私にわかるのはそれだけです」


 他人の人生を手のひらで転がせる力か……。

 俺がそれを使いこなせるのか……。


「魔力貸しは他人に恨まれる職業です。しかし、貸し手がいることで救われる人がいることもまた事実です」

「そうですよ、レントさんっ。私はレントさんに救われました。レントさんはきっと他の人も救えます」


 リンカがぎゅっと俺の手を握る。

 獣に乗っ取られそうになったときと同じように……。


 逃げることはできない。

 だったら、俺が正しいと思う方法で生きていくしかない。


 俺は――覚悟を――決めた。


「ああ、俺は誰かを助けるために魔力貸しとして生きていく。だけど、ただ甘いだけじゃない。こちらを裏切るようなヤツは容赦せず、取り立てる。それが俺の生きる道だ」


 魔力貸しとして生きる。

 善良でも、極悪でも、ダメだ。


 綱渡りのように、バランスをとって生きていく。

 綱から落ちて、獣にのっとられないように。


 俺の言葉に、エムピーがニッコリと微笑む。

 どうやら、マルがもらえたようだ。


「マスター、ひとつだけお願いがあります」

「なんだい?」

「私はマスターに……人間に失望したくありません。どうか、どうか、内なる獣に乗っ取られないように」

「ああ、もちろんだっ!」


 力強く応えることができた。

 俺は、もう、迷わない。


「そろそろ、日付が変わるな」


 魔力貸しとなって、初めて誰かを地獄に突き落とす。

 相手が他の誰かだったら、ためらったかもしれない。

 だが、ヤツら相手に遠慮は無用だ。


 冒険者タグを握り、ステータスからヤツら返済量を確認する。

 ぜんぜん届いてない。


 思わず、笑いが漏れる。


 今までの5年間。

 冒険者となる前から数えたら、ガイとミサとは20年近く。


 今日で完全にお別れだ。

 過去とは決別する。


 前を向いて歩くために――。


「さあ、カウントダウンだ」


10


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