第99話 葛藤(中)

 エムピーはリンカに淡々と告げる。

「マスターと出会えなければ、どうなっていたと思いますか? 冒険者を引退してましたか?」

「それは…………私のギフトが、《阿修羅道》が許してくれません。たった一人でも、戦いを続けるしかないです」


 絞り出されたのは、リンカの魂の叫びだ。

 押し殺された声だったが、悲痛さが胸に刺さる。


 昨日、リンカが告白してくれた。

 戦いの中に身をおいていないと、全身が苦痛に襲われると。

 リンカは戦いに生きる道しかない。

 それが――呪いだと。


「誰も信じられず、無理して魔力ポーションを飲み、ひとり戦い続ける。それこそが――阿修羅の道。前にも後ろにもあるのは血塗られた道。あるのは破壊と殺戮のみ。救いは一切なく、死ぬまで戦い続ける阿修羅――」


 エムピーの言葉にリンカの顔がさあっと青ざめる。


「――ですが、リンカちゃんはマスターと出会い、ギリギリのところで踏み留まりました」


 青ざめたまま、リンカがうなずく。


「呪われた道だけではなく、他人を信じて進む道。その道が残されているんです」


 他人を信じて、自分だけでなく他人も幸せにする道。

 他人を信じず、自分も他人も不幸にする道


 それが――2つの道か。


「とはいえ、リンカちゃんの中にも獣は眠っています。血を浴びれば浴びるほど、獣は強大になっていきます。どうか、獣に呑まれないように。呑まれてしまえば、その刃はモンスターだけでなく、人間にも向けられるでしょう」


 殺意に呑まれ、モンスターも人間も区別なく殺す。

 まさに、阿修羅の道だ。


「SSSランクギフトは悪意に満ちてます。油断すると、ギフト保持者をパックリと呑み込んでしまいます。そのことをどうか、忘れずに」


 昼間、クアッド・スケルトンを倒した後、リンカは怒りにかられて死体に向かって何度も何度も剣を振り下ろした。

 まさに、獣に呑み込まれかけたばかりだ。


 リンカは一文字に閉じられていた口を開く。


「大丈夫ですっ。絶対に忘れませんっ!」


 昨日、「私は逃げませんっ!」と決意した時と同じ目だ。

 エムピーはそれを見て、満足そうに頷く。

 それから、身体を俺の方に向ける。


「そして、マスターについてですが――」


 俺もエムピーとしっかり向き合う。


「マスターは信頼によってではなく、裏切りによって《無限の魔蔵庫》を覚醒させました」

「ああ……」


 思わず唇の端を噛みしめる。


「マスターは大きな恨みを抱えて生きていくしかありません。ゴミ虫からすべてを奪って満足したとしても、記憶に深く刻まれた恨みは消えません」


 たしかに、エムピーの言う通りだ。

 取り立てが完了し、ヤツらが破滅したとしても、追放されたあの日のことは一生忘れられないだろう。


「そして、リンカさん同様、マスターもギフトからは逃れられません。それはギフトが許しません。マスターは一生、魔力貸しとして生きるしかないのです」


 呪いギフトか……。

 ガイたちとの一件が片付いた後も、俺は魔力貸しとして生きていくしかないということか……。


 過大な能力を手に入れた、その代償なのだろう。

 それがSSSランクギフト――七罪の烙印。


「マスターに質問です。マスターは相手を幸せにするために貸すのですか? それとも、利息を取り立てるために貸すのですか?」

「相手も幸せにして、俺も利息で儲ける…………いや、必ずそうなるとは限らないか……」


 リンカとの関係のように、貸した相手は俺の魔力で成長し、俺は利息を受け取る。

 お互いに得をする関係が一番だ。

 ただ、綺麗なだけでは済まないことは、ガイたちの件からも明らかだ。


「もし今後、借り手が返済できなくなったらどうしますか? 取り立てによって地獄に堕ちるとしたらどうしますか?」

「それは……」

「マスターが見逃したら、その相手は救われるでしょう。ですが、その次はどうしますか?」

「…………」

「一人を許して、もう一人は許さない。それができますか?」


 俺は《無限の魔蔵庫》を軽く考えていた。

 復讐の手段を手に入れたと浮かれていた。

 俺が手に入れたのは、そんな甘いものではなかった。


「一度取り立てをゆるめたら最後、マスターは骨の髄まで搾り取られますよ。あの蛆虫どもにやられたように……。それでも、マスターは見逃しますか?」


 ガイたちには恨みがあるから平気だった。

 しかし、今後は恨みのない相手からも取り立てなければならない。

 そのとき、容赦なく取り立てることができるんだろうか?


「善良であれば喰い物にされ、厳格であれば恨まれる。善良な魔力貸しというのは存在できないんですよ」

「…………」

「金貸しにしろ、魔力貸しにしろ、借り手から恨まれることは避けられません。それでもマスターは魔力貸しを続けていくしかないのです」


 相手の破滅がわかっていても、取り立ての手を緩められない。

 そして、ギフトの呪いにより、魔力貸しを辞めることも許されない。


 俺は初めて、《無限の魔蔵庫》を手放したいと思った。

 だけど、それは許されない。

 ギフトが許してくれない。


 まさに呪いだ。

 SSSランクギフトは悪意に満ちた呪いだ。


「人の破滅を前にしても、眉ひとつ動かさない。それくらいでないと、魔力貸しは務まりません」


 その覚悟が俺にあるのか……。

 リンカは一生《阿修羅道ギフト》と向き合っていく覚悟を決めた。

 俺も同じように覚悟を決めなければ……。


 エムピーから告げられた呪いギフトの真実。

 あまりにも衝撃的で、まだ俺は受け止められなかった。


「どうしますか? ゴミクズからの取り立てを止めますか?」

「いや、それはない」


 自然と言葉が口をついた。

 まだ見ぬ借り手にどう対応するかは決めかねている。


 だが、ヤツらからは搾り取る。

 最後の一滴まで搾り取る。


 それだけは――確定事項だった。


 もしかすると、この思考自体、内なる獣によって導かれたものかもしれない。

 だが、ここで手を緩めたら、俺はいつまでも過去に囚われたままだ。

 ちゃんと終わらせないと、俺は前を向けない。

 しっかりと、ケリをつけて、過去とはすっぱりお別れだ。


「そうですか。安心しました」


 表情を変えず、淡々と告げるエムピー。

 もっと喜ぶかと思ったけど、意外だった。


「確認なんだが、奴らから取り立てをやめたらどうなるんだ?」

「マスターならきっと訊いてくると思って、中央情報機構ユグドラシルに照会済みです〜。もしマスターが取り立てをやめたら、一年後には三人とも死んでますよ〜」


 だよなぁ……。

 俺の思ってた通りだ。


 俺の魔力で駆け上がってきたせいで、ヤツらは冒険者として大切なモノを身につけられなかった。

 俺のギフトがその機会を奪ったともいえる。

 この十日間で、それがはっきりとわかった。


 魔力回復の腕輪があるうちはまだなんとかなるかもしれない。

 だけど、それが壊れた後、今までのような戦い方をしていたら――ヤツらが死ぬのは時間の問題だ。


「じゃあ、きっちり取り立てたら?」

「それは――お楽しみということで〜」


 はぐらかされた。


「ふふっ。大丈夫ですよ。命までは奪いませんから〜」


 エムピーは黒い笑みを浮かべる。

 命は助かるかもしれないが、ただじゃ済まないだろう。


「その話を聞いて、ますます考えが固まったよ。うん、ちゃんと終わらせよう」

「それがいいです〜」


 エムピーは飛び上がり、羽を強くはためかせる。


「なあ、エムピー」

「はい、なんでしょう?」

中央情報機構ユグドラシルってなんなんだ?」

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