第98話 葛藤(上)

 ――長い一日に終わりが近づく。


「あと一時間を切りましたです〜」


 羽をはばたかせ、一本指を高く上げたエムピーが嬉しそうに伝えてくる。


 日付が変わるまで、後一時間。

 そして、ヤツらが破滅するまで、後一時間。


 一ヶ月だ。

 追放されてから一ヶ月。

 激動の一ヶ月だった。


 全てを失い、そこからやり直した一ヶ月。

 ヤツらから奪えるだけ奪ってきた一ヶ月。


 その総仕上げまで、後一時間――。


 俺たち三人は宿屋の部屋に集まり、その時を待っていた。

 テーブルに並んで座る俺とリンカ。

 エムピーは二人の間で宙に浮いている。


 テーブルの上には高級ワインと3つのグラス。

 ひとつはエムピー用の小さなショットグラスだ。


 祝杯用に準備したのだが、エムピーはすでにほろよい具合。

 俺とリンカも少し赤くなっていた。


「なあ、エムピーひとつ訊いていいか?」

「もちろんです〜」


 俺の問いかけにエムピーは羽を閉じた。

 テーブルの縁にちょこんと腰を下ろし、足を前後にバタバタさせる。


 俺は疑問を投げかける。

 昼間のリンカの一件で、より深まった疑問を。


「自分でもわからないんだ……」


 どう切り出すべきか悩んだが、これ以外の方法を思いつかなかった。


「アイツらから屈辱的に追放されて、恨んだし、復讐してやりたいと思った。それは間違いない」

「あんなクズ虫ども、復讐されて当然です〜」

「そうですよっ!」

「ああ。だけど、ここまでやりたかったのかどうか……自分でもわからないんだ」


 奪えるものは全て奪う。

 魔力を奪い、決闘でズタボロに打ちのめし、プライドを粉々にし、公然の場で謝罪させた。


 後悔はしていない。

 だけど、本当に自分がここまで望んでいたのか…………わからない。


 俺の中に暴れる獣がいる。

 ガイたちのことを考えると、獣が首をもたげる。

 すべてを奪い尽くせと囁く。

 俺は何度か、その獣に乗っ取られそうになった。


 それを止めてくれたのはリンカだ。

 彼女が俺の心をつなぎ留めてくれた。


 もし、リンカがいなかったら……。


 リンカはハッとした顔で俺を見る。

 昼間のことを思い出しているのか。

 それとも、俺と自分の共通点に思うところがあるのか。


「そこに気づくとは、さすがはマスターです。すべてを奪いたいという欲望。それはマスターの思いであるとともに、ギフトの影響でもあるのです」


 やはり、そうか。

 《無限の魔蔵庫》を得てから、奪いたいという欲求が強くなった。

 それこそ、自分が乗っ取られそうになるくらい。


「そろそろ、お二人にはSSSランクの意味をお伝えするときですね」

「意味?」

「SSSランクギフトは、他人にはない強い力を与えてくれる素敵なギフト――そんな単純なものではないのです」


 俺は《無限の魔蔵庫》を得て、浮かれていた。

 これでヤツらに復讐できると、浮かれていた。


 ただ、心の片隅に違和感があった。


「SSSランク。その意味は『Stigma of Seven Sins』――すなわち、『七罪の烙印』。人間がもつ七つの罪を体現したギフト。それこそがSSSランクギフトなのです」

「七罪の烙印…………」


 不吉な響きだ。

 だが、その言葉はやけにしっくりと心の隙間に嵌った。

 どこかで予感していたのかもしれない。


 それはリンカも同じだったようだ。

 斜め上を見つめ、『七罪の烙印』という言葉の意味をかみしめている。


 そんなリンカにエムピーが顔を向ける。


「リンカちゃんの《阿修羅道》が示す罪は『憤怒』。怒りに身を委ね、全てを破壊したいという願望。自分でもわかってますよね?」

「…………はい。【壱之太刀】を発動中、すべてを壊し、殺したくなるんです。そして、それは窮地であればあるほど、憎い相手であればあるほど、強くなっていくんです。今日……レントさんが止めてくれなかったら…………」


 昼間のクアッド・スケルトン戦を思い出す。

 戦いが終わっても、衰えなかった殺意。


 俺を飲み込もうとした獣と同じ匂いがした。

 リンカの中にも、獣が潜んでいる。


 きっと、それはSSSランクギフトの持ち主の魂に押された烙印。


「そして、マスターの《無限の魔蔵庫》が示す罪は『強欲』。全てを奪い尽くそうという願望。マスターも、身に覚えがありますよね」

「…………ああ」


 すべてを奪いたいという欲求に、俺は抗えなかった。

 リンカのおかげでギリギリ踏みとどまれたが、際どいところだった。


 この一ヶ月を振り返る。

 ヤツらからすべてを奪うための一ヶ月。


 5年間積もりに積もったものが、追放によって爆発した。

 そう考えることもできる。


 だが――《無限の魔蔵庫》に覚醒する以前の俺だったら、ここまでやっただろうか?


 謝罪して、利息付きで返済してくれれば、それで許していた気がする。

 ここまでやり過ぎることはなかったはずだ。


 しかし、いつのまにか、それだけでは満足できなくなっていた。

 奪えるものはすべて奪えと心が囁いた。


「《魔蔵庫》が《無限の魔蔵庫》へと進化するには、2つの方法があるのです」

「そう……なのか……?」

「ひとつ目は、マスターのように一定量以上の魔力貸付があり、激しい感情とともに心の底から返済を願うこと」


 俺はエムピーと出会った時のことを思い出す。

 そのときも同じようなことを言われた。

 だが、他の方法があったなんて聞いていない。


「もうひとつは、《魔蔵庫》のまま、一定量以上の返済を受けること」

「なっ……」


 俺は言葉を失う。

 あり得たであろう未来を想像し、絶句する。


 その現実を受け入れるには、大きく三回深呼吸するだけの時間が必要だった。


「ということは…………ガイたちが素直に返済していれば、こんなことにならずに《無限の魔蔵庫》になっていたのか……」

「はいですっ。総返済量が10万MPになれば、進化してたのです〜」

「…………」


 もし、ガイたちが借りた魔力を自発的に返済してくれていたら……。

 誰かを恨むことなく《無限の魔蔵庫》に進化した俺。

 アイツらと肩を並べて、笑い合えたかもしれない……。


 やるせない思いに脱力し、椅子の背にもたれかかり、体重をあずける。


「SSSランクを授かる者には、2つの道が用意されています」


 ありえたはずの道。

 決して戻れない道。


 俺はギュッと拳を強く握る。


「リンカちゃんの話をしましょう。リンカちゃんはマスターと出会う前、何度もパーティーから捨てられましたよね」

「…………はい」


 リンカはそっと目を伏せる。


「その人たちがリンカちゃんのサポートに徹してくれてたら、どうなっていたと思いますか?」

「えっ……それはっ……!!」


 リンカの目が大きく見開かれる。

 テーブルの下に隠れていた両手がテーブルの上に乗せられ、身体ごとエムピーの方を向く。


 リンカも気がついたようだ。


「メンバーが協力して魔力回復ポーション代を稼ぎ、リンカちゃんはポーションを飲みながら、【壱之太刀】を成長させる――そういう道もあったのです」


 【壱之太刀】の致命的な欠点は燃費の悪さだ。

 俺の【魔力貸与】で補えるが、魔力回復ポーションでもその代わりは果たせる。


 パーティーで協力してポーション代を稼ぎ、【壱之太刀】で、格上モンスターを倒す。

 『流星群』のロジャーさんは俺を勧誘したとき、リンカもまとめて面倒見ると言っていた。

 きっと彼の頭の中には、このプランがあったのだろう。


 俺は悟る。

 SSSランクギフトは自分一人では育てられない。

 他人の助けがあって初めて成長できるのだ。


 リンカも俺と同じく、ありえたはずの道を頭の中に浮かべているのだろう。

 その瞳から、ひと粒の雫がこぼれ落ちた。

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