第97話 リベンジマッチ(下)

「やっぱり…………まだでしたね」


 リンカは悔しげにつぶやく。

 できればスキル無しで勝ちたかったのだが、そこまで甘くはなかった。


 リンカは頭を二、三度横に振り、気持ちを切り替える。

 しっかりとクアッド・スケルトンを見据え、詠唱を始めた。


壱之太刀いちのたち終之太刀ついのたち――斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、一歩踏み込め阿修羅道」


 【壱之太刀】発動とともに、リンカと剣を赤い闘気が包み込む。

 ここからがリンカの本領発揮だ。


 リンカ唯一のスキル、【壱之太刀】。

 俺の魔力供給によって、最も有効に使える場面は2つある。


 ひとつはゴブリンコロニーやメガアントの巣穴のように、大量のモンスターを相手にする場面。


 そして、もうひとつ。

 格上モンスターとの長期戦だ。


 俺が魔力を供給し続ける限り、リンカはいつまでも舞い続けられる――。


 赤い塊が空を裂くッ――。


 凄惨な笑みを浮かべたリンカが――逆襲する。


 あっという間に10メートルという距離をゼロにし、剣をぶつけ合う両者。


 クアッド・スケルトンが振り降ろす重い一撃。

 今までは受け流すか、受け止めるのが精一杯だった。


 だけど、今は――。


 打ち下ろしに合わせ、リンカは剣を振り上げ、クアッド・スケルトンの剣を激しく弾く。


 守る受けではない。

 攻める受けだ。


 相手の攻撃に自分の攻撃を合わせ、相手の体勢を崩していく。

 手数で勝るクアッド・スケルトンだったが、徐々に押し込まれていく。


 そして、剣を弾かれ無防備になったところを――。


 ――斬ッ。


 右上腕がゴトリと地に落ちる。

 腕は残り2本。


 リンカは追撃を緩めない。

 苛烈な連撃だ。


 クアッド・スケルトンを一方的に追い込んでいく。


 疾く。

 重く。

 鋭い。


 リンカの一撃は、クアッド・スケルトンのそれを大きく上回っていた。

 二刀流というハンデくらいでは埋まらない差だ。


 リンカの連撃が、骨を削り、ヒビを入れ、砕いていく。


 ――蹂躙だ。


 ゴブリンコロニーやメガアントの巣穴のときと同じ。

 クアッド・スケルトンはもう、狩られるだけの存在だった。


 耐え切れなくなるのも時間の問題。

 やがて、クアッド・スケルトンはバラバラに崩れ落ちた。


 すぐに灰となって消えたスケルトン・ガーディアンとは違い、クアッド・スケルトンの死体は中々消滅しない。


 その死体に向かって――。


「死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ――」


 リンカは何度も何度も剣を振り下ろす。

 赤い闘気に包まれたまま。

 闘気はリンカを飲み尽くそうとしているようにも見える。


 前回、一方的にやられた恨み。

 仲間から囮にされた恨み。

 何度もパーティーから追放された恨み。


 すべての恨みを晴らすかの如く、剣を叩きつける――。


 俺と一緒だ。

 ガイたちからすべてを奪おうと、俺の中の獣が暴れ出したときと――一緒だ。


 このままではリンカは――。


「リンカッ。もういいッ。もう終わったんだッ!」


 後ろからリンカを抱きしめる。

 俺の体温が伝わるように、しっかりと抱きしめる。


 ガイたちとの決闘後と逆の立場だ。

 あのときはリンカが抱きついて俺を止めてくれた。


 昨日の告白で感づいていたが、あらためて確信した。

 リンカの中には俺と同じような獣がいる。

 心と体を乗っ取ろうと虎視眈々と狙っている獣が。


 ぴたり――とリンカの動きが止まった。


 【壱之太刀】が解除され、赤い闘気が霧散する。


「れっ、レントさん……。わたし……わたし…………」


 両腕はだらりと下がり、力の抜けたこぶしから死骨剣が転がり落ちる。


「大丈夫。もう、大丈夫だから」


 左腕で抱きしめたまま、右手で優しく髪をなで、落ち着く言葉を繰り返す。


「…………ありがとうございます、レントさん」


 まだ小さく震えているが、その瞳から獣は撤退したようだ。


「この前はリンカが俺を救ってくれた。そのお返しだよ」

「怖い……怖いです……。自分が自分でなくなるようで……怖いんです」

「大丈夫。俺がついているよ。なにが相手でもリンカを奪わせたりはしないから」

「……はい」


 リンカの震えが収まったのを確認して、身体を離す。


 クアッド・スケルトンを単独討伐し、リンカのトラウマを払う。

 予定通りに成功したのだが、また、あらたな問題を抱え込んでしまった。


 俺とリンカの中に巣食う獣。

 いったい、なんなのか?

 どうやって、打ち勝てばいいのか?


「レントさんっ! ランクアップですっ!」


 リンカの笑顔。

 小さな笑顔の欠片を集めて生まれた笑顔。


 俺もなんとか、頬を持ち上げる。

 顔の筋肉を動かすのがこんなに大変だと感じたのは初めてだ。


 差し出された冒険者タグ。

 冒険者ランクがEからDに上がっていた。

 Cランクパーティーでも苦戦するクアッド・スケルトン。

 それを単独討伐したのだから、当然かもしれない。


 これで、冒険者ランクは俺と並んだ。

 戦闘後にひと騒動あったが、今は祝うべきだ。

 それだけのことを成し遂げたのだから。


「おめでとうっ!」

「はいっ。レントさんのおかげですっ。これで過去とはきっぱりお別れできますっ!」

「リンカちゃん、おめでとうです〜」


 戦闘中はすみっこでおとなしくしていたエムピーが飛んで来て、リンカの顔に抱きつく。


「エムピーちゃん……」

「お祝いのコナモンフルコースです〜」

「ああ、そうだな」

「楽しみです〜」


 リンカは乗り越えた。

 次は俺の番だ。

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