第94話 リンカの想い
ガイたちが謝罪した日から3日たった。
一昨日と昨日、ヤツらが絡んでくることもなく、リンカと二人でダンジョン攻略に集中できた。
第4階層の中盤まで攻略済みだ。
今日は明日に備えて、一日休みだ。
いよいよ、明日は運命の日。
2つのビッグイベントが控えている。
ひとつ目はもちろん、ヤツらの破滅。
明日の晩、日付が変わるまでに77本の魔力回復ポーションを飲みきり、自然回復では足りない38,059MPを返しきらないと、ヤツらは詰みだ。
俺の人生の中でも、きっと忘れられない日になるだろう。
そして、もうひとつ。
こっちの主役はリンカだ。
リンカにとっても、明日は大切な日になる。
昨日までで準備は万端。
今日は英気を養うため、二人でのんびり過ごすことに決めた。
午前中は買い物をした。
といっても、なにか目的があるわけではない。
商業区に並ぶ店を眺め、気になる店があったら冷やかす程度だ。
同じようなことはミサともした経験がある。
だけど、あのときはミサが買いたい物を買うだけ。
ミサが主役で、俺はただの荷物持ち。
一歩後を文句も言わずついて行くだけだった。
当時つき合っていたはずなのに、俺はそれだけの存在。
なんで、あのときそれで満足していたのか、過去の自分をぶん殴ってやりたい。
しかし、今日は違う。
リンカと並んで歩いた。
横を向けば、笑顔が返ってきた。
楽しい時間を過ごし、昼食を済ませた俺たちは、昼下がりのカフェでくつろいでいた。
リンカが「落ち着いた場所で話がしたい」と言い出したのだ。
向い合って座る俺とリンカ。
満腹なエムピーは俺の膝の上で、気持ちよさそうに眠っている。
運ばれてきたコーヒーを一口飲んだきり、リンカはうつむいたまま黙り込んでいる。
彼女の希望で選んだ、人目につかない奥の個室。
きっと、俺だけになにかを打ち明けたいのだろう。
俺は彼女が話し始めるのを黙って待つ。
やがて、決心がついたのか、顔を上げたリンカが口を開いた。
「……本当は、お花屋さんになりたかったんです」
「お花屋さん?」
「はい。私は小さな田舎の農村で育ちました」
俺も同じような境遇だ。
農村で生まれ、親の土地を継ぐのは兄。
そんな窮屈な環境から逃げ出し、成功を夢見て冒険者を志す。
冒険者の大半は同じような境遇だ。
だが、リンカは自ら望んで冒険者になったのではない。
「小さい頃、街に連れて行ってもらったんです。そのとき、はじめてお花屋さんを知ったんです。店先に並ぶ色とりどりの花に目を奪われました。誰かを喜ばせるために育てられた花。笑顔で一輪の花を買っていくお客さん。私も大きくなったら、お花屋さんで働きたいと思ったんです」
農村に育った子どもにとって、村の中だけが世界のすべてだ。
近くの森ですら、危険だから入ってはダメだと言われる。
外部との接触はほぼゼロ。
俺にとって、外の世界を教えてくれたのは、近くの森で繁殖したゴブリン退治にやってきた冒険者だった。
革鎧をまとった剣士。
ローブ姿の魔法使い。
清潔な聖衣の回復士。
彼らの格好いい姿、そして、彼らが語る冒険譚。
俺はすっかり魅了され、冒険者になろうと決心したんだ。
同じ思いを抱いたガイとミサとともに――。
お花屋さんこそが、リンカを魅了した外の世界だったのだ。
「でも、その夢は叶いませんでした」
リンカはそっと目を伏せる。
「成人の儀――あの日に、私は夢を諦めるしかなかったんです」
成人の儀。
神からギフトを授かる運命の日。
望み通りのギフトが手に入ればいいが、すべての人が上手くいくわけではない。
冒険者向きのギフトを授かれず、冒険者を諦める者。
剣士になりたかったのに、魔法職のギフトを授かる者。
そして、俺のように、ギフトに運命を翻弄される者。
――正直、今回のことで心が折れました。私の剣と同じように……。
――でも………………それでも、辞められないんです。
――私のギフトが、許してくれないのです……。
パーティーに勧誘したときのリンカの言葉を思い出す。
彼女もギフトによって人生を捻じ曲げられたのだ。
「私にとって《
リンカの瞳からひと粒の雫がこぼれ落ちる。
「でも、
苦しみを振り絞るように、辛そうに、語る。
「戦いの中に身を置いていないと、頭が割れるように痛み出すんです。3日が限度でした。それ以上は耐え切れないんです。嫌でもモンスターと戦うしかなかったんです」
「そうだったんだ……」
――それはツラかったね。
言うのは簡単だが、そんな無責任なことは言えない。
俺も、リンカも、ギフトに苦しめられてきた。
だが、それは別の苦しみだ。
軽々しくわかった気になるわけにはいかない。
「でも、ギフトは苦しみとともに、喜びも与えてくれる――それを教えてくれたのはレントさんです」
リンカは潤んだ瞳で、それでも、笑顔を浮かべる。
「この一週間、本当にありがとうございました。レントさんのおかげで、私は《阿修羅道》とともに生きると決心できました。前を向いて戦い続けることに決めました」
涙を拭うリンカ。
雨上がりに日が差した空。
「明日のこと、正直……怖いです。でも、必要なことだってわかってます」
晴れ上がった青い空にかかる虹。
「だから、私は逃げませんっ!」
雲の合間から顔を見せる太陽。
飛び立つ一羽の鳥。
空は断ち斬るためにあるんじゃない。
高く高く、どこまでも高く、飛んでいくためにあるんだ。
ふたつの翼があれば、飛んでいける――。
「私はレントさんに一生ついていきます。だから――」
両拳を握りしめ、上体を前に傾け、視線はまっすぐに俺の瞳をとらえる。
「ちゃんと最後まで責任取って下さいね」
冒険者になると決めた夏の日。
言い終えたリンカの表情は、あの日の空と一緒だった。
一瞬、呼吸を忘れる――。
プロポーズとも取れる言葉だ。
そういう意味ではないと、頭ではわかっている。
それでも、心がざわついた。
急かす心をなだめ、俺らしい言葉で返す。
「俺は魔力貸しだ。返済が終わるまでは、地獄の果てまでもついて行くさ」
今の俺にはこれが精一杯の返事だった。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
今回で第6章『悪あがき』完結です。
次から第7章『運命の日』始まりです。
最後の一日が始まります。
◇◆◇◆◇◆◇
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