第93話 遅すぎた謝罪

 決闘を終えた晩、エムピーから3つの徴収プランを提示され、俺はトイチプランを選択した。

 次回の利息締切日にヤツらを破滅させるプランを選んだのだ。


 そのことを思い出しながら、冒険者ギルドへ向かう。

 朝は晴れていた空も今は雲に覆われ、空気はぬるっと身体にまとわりつく。


 エムピーが言っていた通り、入口付近で三人は雁首揃えて突っ立っていた。

 武器は見えないが、鎧もローブもボロボロだ。

 もとは一人1千万ゴル相当の装備だが、これでは売り払ってもたいした額にはならないだろう。


 三人ともすっかりやつれ切った表情だ。

 一ヶ月前のヤツらに、こうなると伝えても、絶対に信じないだろう。

 それくらい、落ちぶれていた。


 リンカは胸を張り、三人を睨みつけている。

 この一週間で急成長した彼女は、今ではスキルなしの三人よりも強いだろう。


 そして、俺の肩に仁王立ちするエムピー。

 四枚の虹色羽を先端までピンと張り、ゴミを見る目を向けている。


 一方、三人組は――。


 ガイは憔悴しきり、いつもの偉そうなな態度は鳴りを潜めている。

 きっと、例の日に怯えているのだろう。

 ガイは小心者だ。

 いつもの態度は虚勢を張っているにすぎない。

 仔犬ほど吠えるのと同じだ。

 だが、今日はその虚勢すら張れない様子。


 ミサは屈辱をかみしめている。

 離れているここからも、握りしめたこぶしが小刻みに震えているのが見てとれる。

 昨日の一件がずいぶんと堪えたようだ。


 エルはなにを考えているかわからない。

 いや、なにも考えていないんだろう。

 コイツは本当に脳みそが入っているのか、疑問になるくらい頭が悪い。

 自分に迫っている状況すら把握できていないのかもしれない。


 俺達とガイたちは向かい合い、しばし見合う。

 そんな俺たちのただならぬ雰囲気に、周りの冒険者たちが足を止めて注目する。


 先日の決闘騒ぎは広く知れ渡っている。

 第2ラウンドが始まることを期待しているのか。

 第三者にとっては、これほど面白い見世物はないだろう。


「ジャマだ。どけっ」

「れっ、レント……」


 ガイがすがるように口を開く。


「ジャマだ。どけっ」


 俺は拒絶の言葉を繰り返す。


「すまなかった。許してくれ」


 ガイが頭を下げる。

 残りの二人も同様に。


 ミサはイヤイヤ下げているのが丸分かり。

 エルも俺に頭を下げたくないのだろう。

 不快感に顔を引きつらせている。


 ようやく、謝る気になったのか。

 だが、遅すぎる。


 謝るなら、俺と再会したときにすべきだった。

 決闘を持ちかける前に、すべきだった。


「なにについて謝ってるんだ?」

「お前にした仕打ちについては謝るっ。だから、魔力の取り立ては止めてくれっ」


 相変わらずナメたヤツらだ。

 本当に悪いと思っていたら、こんな言葉は出てこない。

 単に許してもらいたいだけだ。

 そのために、嫌々頭を下げているだけだ。


「おいおい、ずいぶんと偉そうだな」


 追放時にガイから言われた言葉を、そっくりそのまま伝える。


「なっ……」

「オマエが言った言葉だぞ。もう忘れたのか?」


 忘れているに決まっている。

 言った本人は、深く考えずに言った言葉だろう。

 俺に屈辱を味わわせるため。

 そのための言葉だ。


 だけど、言われた本人は絶対に忘れない。

 土下座させられた屈辱も。


「謝罪する気があるなら、ちゃんと土下座しろよ」

「くっ……」


 渋々といった様子でガイは膝をつく。

 だが、そこで動きを止める。


 膝はついたものの、頭を地につけることに抵抗があるのだろう。

 誠意の欠片も感じられない。

 本当に救いようがない。


「謝るのはガイだけか? オマエらはどうするんだ?」

「くっ……」


 ミサは唇を噛み締め、血が滲んでいる。

 そこまでイヤなのか。


 だが、本意ではなかろうが、ミサも膝をつく。

 三人の中で一番頭がマシなのはミサだ。

 謝罪するしか道がない状況だとちゃんと把握しているのだろう。


 そして、最後の一人。

 エルはといえば――。


「えー、いやですー」


 やっぱり、バカだ。

 まったく状況が理解できていない。


「エル、あんたも頭下げなさいよっ」

「えー」

「いいからっ、早くッ!」


 ミサに急かされ、エルも膝をつく。

 だが、三人ともそれ以上は動かない。


 ギャラリーの人数は時間とともに増えていく。

 黙って成り行きを見つめているが、きっと楽しんでくれてることだろう。

 ガイたちも観衆の目が気になって、なかなか頭を下げない。

 安っぽいプライドだ。


「で? どうすんの?」

「くっ……」

「謝る気がないんなら、もう行くぞ」

「わっ、わかった。謝るから、ちょっと待ってくれ」

「ちゃんと地面に頭をくっつけろよ。フザケた謝罪だったら、受け入れないからな。誠心誠意、心を込めて言えよっ。」


 三人とも怒りのせいか、震えている。


「ほらっ、どうした? 黙りこんでんじゃねえよ」


 ――オイ、黙りこんでるんじゃねえよッ!


 ガイのセリフをそっくり返す。


「言葉がわかんないのか?」


 ――言葉わからないんですかー??


 これはエルの言葉。


「プルプル震えてるぞ。キモいな」


 ――なに、プルプルしてんのよ。キモッ!


 そして、ミサの言葉。


 この後、俺はガイに腹を殴られ、掴まれた頭を何度も床に叩きつけられた。

 同じことをやり返したい気持ちだが、ヤツらに触れる距離まで近づいたら、誓約が発動し、ヤツらは死んでしまう。


 だけど、少し近づくくらいなら、死ぬことはない。

 死ぬほどツラいだけだ。


 ヤツらは暴力を用いて、俺に屈辱的な感謝と謝罪の言葉を言わせた。

 だったら、俺が同じことをしてもいいだろ?


 ゆっくりと近づいていく。

 5メートル内に一歩足を入れる。


が高えんだよッ!」

「うっ……」

「くっ……」

「ひっ……」


 誓約によって、耐え難い苦痛が三人を襲う。

 耐え切れず、三人とも地に頭をつける。

 しばらくヤツらが苦しむ姿を堪能してから、一歩足を引く。


「謝る気になったか?」

「「「…………」」」


 三人とも苦しそうな顔だ。


「誓約を破るとこうなるんだ。身に覚えがあるだろ?」


 先日、嫌がらせをしてやったから、その苦しみは身を持って知っているだろう。


「もう一回やろうか?」


 俺が足を上げると、三人とも青ざめる。


「わっ、わかった。謝るっ。謝るからっ。それはもう止めてくれ」

「ミサは?」

「わっ、私も謝るわっ」

「エルは?」

「謝りますー」


 三人ともプライドは高いくせに、肝っ玉は小さい。

 そして、今まで楽してきた分、苦痛に耐性がない。

 これだけの脅しで、簡単に屈してしまう。


 三人を見下ろす俺の顔に、雨粒がひと雫。

 それを切欠にポツポツと雨が降り始めた。

 ギャラリーは濡れるのも気にせず、成り行きを見守っている。

 固唾を呑む音まで聞こえてきそうだ。


「5年間、魔力を貸してくれてありがとうございます。それなのに、バカにして追放して申し訳ございませんでした」

「レント、今までありがとう。それと、あなたを捨ててごめんなさいっ。魔力はちゃんと返していきますっ。ガイとも別れましたっ。どうか、許してくださいっ」

「私も謝ります。ごめんなさい」


 地べたに頭をこすりつけ、懇願する三人。

 その頭に強くなった雨が降り注ぐ。


 ギャラリーからは嘲笑が漏れる。

 無様な土下座姿を見て、暗い心が晴れた。


 もう、いいや。

 後は搾り取れるだけ搾り取ってお終いだ。


「ふーん」


 興味をなくした俺に、ガイが問いかけてくる。


「なっ、なあ、これで許してくれるんだろ?」

「はぁ? 許すわけないだろ」

「なっ…………」

「「えっ……」」

「なにを勘違いしているか知らないけど、今さら謝ってもなにも変わらない。オマエたちにできることは、必死になって魔力を返済するだけだ」


 最初から謝っても許す気なんかこれっぽっちもない。

 だが、少しは親切にしてやる。

 ヤツらに置かれている状況を教えてやろう。

 それを知った方が、絶望は大きくなるから。


「ステータスを見れば、いくら返せばいいかわかるだろ?」

「あっ、ああ……」


 エムピーから聞いた話では、冒険者タグのステータスから「いくら借りているか」、「いつまでに利息をどれだけ払えばいいか」確認できるそうだ。

 さすがにバカどもでも、3週間もあればそれくらいは気づいたようだ。

 気づいていても悪あがきするところが、本当に救いようがない。


「俺はオマエたちと違って親切だから教えてやるよ。このままだと不足するのは38,059MP。これを返さないと破滅だ」


 俺からの親切だ。

 たっぷりと絶望しやがれ。


「魔力回復ポーションに換算すれば77本だ。期限は後5日。毎日5本飲み続けても2本足りない」


 魔力回復ポーションの上限は1日5本と言われている。

 それ以上は身体への負担が大きすぎるからヤメろと言われている。

 まあ、言われずとも、6本目を飲むのは死ぬほどキツい。

 命がかかっている状況でもないと不可能だ。


 しかも、それを5日連続だ。

 魔力回復ポーションを飲み慣れている俺は1日5本飲んだこともある。

 だけど、それを連日続けるのは無理だ。

 5日連続は俺でもできない。

 ましてや、飲みなれていないヤツらでは絶対に無理だろう。

 せいぜい、頑張ってくれ。


「無駄なあがきをせずに、決闘当日から飲み始めてたら、余裕あったんだけどな。最後まで悪あがきしたのはオマエたちだ。自業自得だな」


 あの日から始めていたら、毎日二、三本で済んだ。

 それくらいなら、ヤツらでも可能だったかもしれない。

 だが、もう遅すぎる。


「そんな金はねえ。ギルドからも借金してるんだ。なんとかしてくれよ」


 ガイが懇願してくる。


「はっ。舐めてんの? まだ売れるものがあるだろ。オマエらからはすべてを奪うつもりだ。それが嫌なら、死ぬ気になれよ。こっちは容赦しない」

「「「…………」」」

「死ぬほどツラいだろうけど、まあ、がんばれよ。これでも手加減してやってるんだから」


 手加減なしだったら、もっと早くコイツらを破滅させることもできた。

 今日だって、俺が手助けしなかったら、ダンジョンで死んでいだろう。


「もし、決闘の誓約が『利息をちゃんと返済しろ』だったら、オマエたちは5日後に死んでたんだ。それに比べればマシだろ。感謝するんだな」


 まあ、死んだ方がマシな結果になるんだけどな。

 ヤツらから全部奪うまで、俺の取り立ては終わらない。


「返済は離れててもできる。二度と汚いツラ見せるな」


 屈辱の中で謝罪と感謝の言葉を言わされた。

 そんな俺に対して、ヤツらが投げかけた言葉は――。


 ――とっとと消えろッ!

 ――バイバイですー。

 ――二度と視界に入らないでね。


 だから、俺も同じ言葉を返してやった。


「リンカ、行こう」

「はっ、はいっ」


 雨に打たれる三人を無視して、俺はギルドに向かった――。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


 謝罪は早ければ早い方がいいです。

 ガイたちは悪あがきするだけして、どうしようもなくなってからの謝罪。

 これは最悪のパターンです。


 借金を返せないとわかった時点で、まずは相手に謝罪して下さい。

 そして、当初の予定通りの返済が無理ならば、現実的な返済プランを提示して、まずは少額でも返済して下さい。


 例えば、一ヶ月以内に返すと言って借りた10万円。

 一ヶ月たって、手元には5万円。

 約束通りには返済できません。


 ここで逃げるのではなく、頭を下げて返済の意志を伝えるのです。


 今は5万しか返せない。

 残りについては毎月1万ずつ返していく。


 一例ですが、こう伝えるべきです。


 大切なのは返済の意志を相手に伝えることです。

 予定通りに返せなかったことで、あなたの信頼は失われています。

 信頼を取り戻すのは、提示した返済プランにしたがって地道に返していくしか方法はありません。


 バックレても悪化するだけです。

 一刻も早く、相手にしっかりと誠意を伝えて下さい。

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