第88話 断空の剣18:ダンジョンへ(下)

 ガイの一撃はスケルトン・ウォーリアの盾に弾かれ――大剣は根本からポキりと折れた。


 突然の事態に固まってしまったガイに向かって、もう一体のスケルトン・ウォーリアが剣を振るう。


「ぐわッ!」


 ガイは避けることもできず、一撃を肩にもらう。

 鎧が防いだので、ガイ自身にはそれほどダメージはない。


 だが――。


 代わりにダメージを受けた鎧が悲鳴を上げた。

 大剣と同様、鎧も深刻なダメージを蓄積していた。

 何箇所もヒビが入っていて、それは肩にもあった。


 ヒビは音を立てて割れる。

 剣も失い、鎧も限界寸前。


「チッ――」


 ガイは柄だけになった大剣を投げ捨て、腰の短剣を引き抜く。

 予備の武器ではあるが、ミサとエルに持たせたお飾りの短剣とは違う。

 Bランク相当の一級品だ。


 スケルトン・ウォーリア相手の武器としては文句なし。

 むしろ、過剰ともいえる性能だ。


 しかし、どんな良い武器でも使いこなせなければ、宝の持ち腐れだ。

 ガイは今まで短剣はスキルを発動させるために使っていた。

 剣術スキルのリキャストタイムを埋めるために、短剣術スキルを使う。

 その使い方ばかりで、まともに敵と切り結んだ経験はロクにない。


 ガイの背筋を冷たい汗が伝う――。


 短剣を前に出し、身構えるガイ。

 2対1の数的不利。


 スケルトン・ウォーリアは2体動時に襲い掛かってくる。

 1体がガイを引きつけている間に、もう1体が攻撃を仕掛ける。

 モンスターながらに、見事な連携だった。


 隙を見せれば、大きなダメージを受けてしまう――ガイは及び腰で防戦一方。

 立て続けの連撃を受けるだけで精一杯。

 鎧の傷は増えていき、いつ耐え切れなくなってもおかしくない。


「おいっ、なにしてるッ! フォローに入れッ!」


 このままではマズいと二人に向かって叫ぶ。

 斬り結ぶことはできなくても、囮となって引き付けるくらいは二人でも可能だ。

 まだまだ勝機は十分にある。


 しかし――。


 二人からはなんの返答もない。


 どうしたッ――ガイは後ろを振り向き、そして、絶句した。


「なッ!?!?!?」


 そこにいるはずの二人の姿がない。

 ガイの剣が折れ、危険を感じたミサとエルは、とっくの昔に逃げ出していた。


「アイツらッ!!!」


 怒りの叫びを上げるガイだったが、スケルトン・ウォーリアは容赦なく攻撃を仕掛けてくる。


「クソッ!!」


 最後の武器である短剣をスケルトン・ウォーリアに向かって投擲し、もう一体に体当りする。

 短剣は見事、スケルトン・ウォーリアの赤い核を貫く。

 体当りしたスケルトン・ウォーリアも数メートル弾き飛ばされ、大ダメージだ。


 このまま、倒し切ることもできた。

 だが、ガイはそうせず、一目散に逃げ出した。

 一刻も早く安全なところまで逃げ切ろうと、必死だった。


 ガイは無事に逃走することができた。

 だが、その代償は大きかった。

 メイン武器の大剣は折れ、頼みの綱の短剣も失った。

 鎧も壊れる寸前、いや、もう防具としての機能は果たさないだろう。


 ――やがて、敗走を続けたガイは、安全地帯で二人と合流を果たした。


「おいっ、てめえら、なに逃げてんだッ!」


 二人に対し、ガイは怒り心頭だ。

 今まで二人に腹を立てたことはあるが、今回のように、本気で怒りをぶつけるのは初めてだった。


「なによっ。アンタが悪いんじゃない」

「そうですー」


 険悪な空気をはらみ、両者は対峙する。


「あんだけ調子イイこと言っていた癖に、なによあの不甲斐ない戦いはっ」

「そうですー。武器を壊すとかありえないですー」

「オマエたちがフォローすれば、倒せた相手だぞッ。そのために短剣を持たせたんだろッ」

「はあ? あれは護身用でしょ」

「短剣で戦うとか、無理ですー」

「それでも、囮くらいはできるだろッ!」

「あんな安物でなにができるのよっ。すぐに折れちゃったわよ」

「そうですー」


 ミサもエルも折れてしまった短剣を見せつける。

 先に逃げ出したミサとエルだったが、逃走途中にスケルトンに遭遇していた。

 スケルトンの剣撃をなんとか受けたものの、それを受けた短剣は簡単に折れてしまったのだ。


 それだけではない、二人とも着ているローブは無残に切り裂かれていて、魔法の杖も傷だらけだ。

 こちらも補修を怠った結果であるが、それでもなんとか生き残ることができたのは、一級品装備だったからだ。

 短剣と同じく安物だったら、二人ともスケルトンの餌食になっていただろう。

 命が助かっただけでも儲けものだ。


「ちっ……」


 二人がかりで迫られたら、口論で勝てるわけはない。

 これ以上二人を責めてもしょうがないと、ガイは矛を収める。


「それより、これからどうするんだよ?」


 武器も失ってしまい、これ以上戦うこともできない。

 結局、稼いだのは8万ゴルばかり。

 今までのような装備に買い換えるには桁2つ足りないし、魔力回復ポーションだって8本しか買えない。


 完全に手詰まりだった。

 残るはボロボロになった装備を売り払うか、最後の手段である魔力回復の腕輪を手放すか――。


「とりあえず、帰るわよ」

「帰るですー」

「ちっ、まあ、そうするしかないな」


 これ以上、ダンジョンで狩りをするのは不可能。

 帰還する方向で、三人の意見はまとまった。


 だが、帰ると言っても、ここはまだ第3階層の中盤。

 さすがに、第2階層まで行けば安全だろうが、第3階層入り口にたどり着くまでは油断できない。

 数体のスケルトンに囲まれたりすれば、安全に抜けられるとは限らない。


 命がけの逃避行が始まった――。

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