第85話 断空の剣16:誘惑失敗

 最後の手段であった誘惑が失敗し、ミサは失意のままで宿に戻る。


「おいっ、どうだったんだ?」

「どうでしたー?」

「…………」

「おいっ、なんとか言えよ」

「…………」


 二人の問いかけに、ミサは口をつぐむ。


「あれだけ自信満々だったじゃねえかよッ」

「うるさいわねっ! だったら、アンタが代案出しなさいよっ!」

「うっ……」

「アイディアのひとつも出せないくせに、エラそうにしないでよねっ!」

「うっせえ。おめえの案は全部失敗じゃねえかッ」

「うるさいわねっ。今、他の案を考えてるのよっ。あんたもなにか考えなさいっ!」

「私も考えますー」


 他の冒険者への襲撃依頼。

 レントの誘惑。

 どちらも失敗した。


 なんとか助かる道はないかと、三人は考え込む。

 だが、ガイはミジンコよりも小さな脳みそだし、それはエルも同様だ。

 回復術士であり、賢そうな見た目のエルだが、その頭はガイに負けず劣らずに空っぽだ。

 だからこそ、ガイに惚れたのだろう。

 お似合いのカップルだ。


 二人のバカさ加減を知っているミサは、自分がなんとかしなければいけないと、必死になって頭を回転させる。

 自分もたいして賢くないことに気づかないまま。


 そこに、ガイが発言する。

 考えを中断されたミサは苛立ちを覚える。


「なあ、レントの言う通りにするしかねえんじゃないか?」


 ――魔力回復ポーションを買いまくって、返済にあてろ。


 ガイは決闘後に投げかけられたレントの言葉を思い出す。

 レントの言うことに従うのはしゃくであったが、かと言っていい考えも思い浮かばない。

 レントが言っていた地獄の日が近づくにつれ、ガイはだんだんと恐ろしくなったのだ。


「はあ? アンタ、本当にバカねっ」

「なんだとッ!」

「お金はどうするんですかー?」

「そっ、それは……」


 エルが指摘したように、『断空の剣』の所持金は底を尽きかけている。

 この安宿の代金する払うのが厳しい状況だ。

 そのうえ、手持ちのアイテムを売り払っても、大した額にはならない。


「……装備を売るしかねえだろ」

「装備を売れば、それなりの額になるわ」

「だろっ? それでポーションを買えばいいんだっ」


 さも名案であるかのごとく、自信満々のガイだったが、ミサの視線は冷め切っていた。


「それで当面はしのげるわね」

「ああ、その通りだ」

「それで? その後はどうするの?」

「えっ?」

「装備を失って、モンスターとも戦えない」

「あっ……」

「冒険者を廃業するの?」

「…………」


 ガイは言葉を失う。

 先のことにまで考えが回らないガイは、そんな単純なことも気づいていなかったのだ。


 だが、諦めの悪さだけは一人前だ。

 代わりの案を提示する。


「そうだっ! 魔力回復の腕輪を売ればいい。腕輪は高値で売れるし、なくても冒険者は続けられるっ!」

「あんた、アホなの?」

「アホですー」


 エルもミサに同調する。

 本当は自分もよく分かっていなかったが。


「なんだとっ! 完璧なアイディアじゃねえかッ!」

「はあ……」


 ミサは呆れて額に手を当てる。

 ここまでバカだとは思っていなかった。


 魔力回復の腕輪はその名の通り、魔力を回復する効果があるが、万能ではない。

 腕輪は一日当たりの最大回復量が決まっている上、永遠に使えるわけではない。


 それでも、売ればひとつ千万ゴルにはなる。

 魔力回復ポーションも存分に買うことができる。

 しかし、今それを手放したら、毎日の返済にも影響を及ぼす。


 ミサはその事をガイにも分かるように噛み砕いて説明した。


「いい? わかった? 腕輪を売るのは本当に最後の手段よ」

「…………ああ」

「そうですー」


 さすがのバカ二人でも理解できたようだ。


「でも、それじゃあ、どうすればいいんだ?」


 完全に考えることを止めたガイが尋ねる。

 その問いに対するミサの答えは――。


「ダンジョンに潜るわよっ」

「ダンジョンか?」

「ええ、装備も腕輪も売れない以上。ダンジョンで稼いで魔力回復ポーションを買うしか手はないわ」

「ダンジョンか……そうだな」


 『断空の剣』は以前メルバ大迷宮を攻略したことがる。

 その時の到達階層は第5層。


「スキルが使えなくても、3層か4層なら問題ないわ」

「そうだな」

「そうですー」


 第3階層と第4階層はDランク冒険者向け。

 さすがに、それくらいならなんとかなるだろうと、楽観視する三人。

 Cランク依頼にも失敗し、ハイオークやレントに一方的にやられたことも忘れて――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 気づくの遅すぎない?


 次回――『第三階層再度』


 借金で困っている方は、自分で考えてあごこうとせず、一刻も早く専門家に相談することをオススメします。

 時間が立てば立つほど、状況は悪化していきます。

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