第84話 空色

 昨日に引き続き、今日も一日第2階層でアリ退治をしてきた。

 キモノを装備したリンカはさらに高速で動けるようになり、昨日よりも多くの巣穴を壊滅できた。


「着実に強くなっているね」

「はいっ! これもすべてレントさんのおかげですっ!」

「そうです〜。マスタ〜のおかげです〜」

「じゃあ、ギルドに寄ってから、美味しいもの食べに行こう」

「はいっ!」「はいです〜」


 キモノ代で有り金のほぼすべてが吹っ飛んだが、昨日今日の稼ぎで懐も暖かくなった。

 リンカの食事代はバカにならないが、これも必要経費。

 それでリンカが満たされるなら安いものだ。


 上機嫌で冒険者ギルドに近づいたところで、エムピーが報告してきた。

 一気に最悪な気分になる報告だった。


『あの性悪女が待ち構えているです〜』

『ミサか?』

『はいです〜』


 なにか企んでるのか?

 嫌がらせしてやったってのに懲りない奴だ。


「どうかしましたか?」

「ああ、ちょっと面倒事だけど、リンカは心配しなくていいよ」


 最悪、今朝みたいに5メートル以内に入れば、ミサはなにも出来なくなる。

 俺たちに攻撃することもできないし、なにを企んでいようと、恐れることはなにもない。


 ギルド前に向かうと、たしかに、入り口のそばにミサが立っていた。

 冒険に向かう装備ではなく、空色のワンピース姿。

 髪を丁寧に編み上げ、入念に化粧を施している。

 香水の匂いはきつく、5メートル以上離れているここまで漂ってくる。


 ずいぶんと入念な格好だが、俺の心は微塵も動かない。

 むしろ、嫌悪感しか覚えない。

 構うことなく、ギルド入り口を目指す。

 後少しで5メートルというところで、逼迫した様子のミサが声をかけてきた。


「まっ、待って。レント、話を聞いてっ、お願いよっ」

「…………」


 無視して足を進めようとしたが――。


「ねえっ、お願いっ、私とあなたの仲じゃない……」

「…………はっ?」


 どんな仲だ……。

 俺を追放した元パーティーメンバーで悪質な債務者。

 俺にとって、ミサはそれだけの存在でしかない。

 呆れを通り越して、つい反応してしてしまった。


「ごめんなさいっ! 私が間違っていたのっ!」

「…………」


 ミサは深々と頭を下げる。


 まさか、素直に謝罪してくるとは……。

 あれだけ高慢だったミサが頭を下げるとは思ってもいなかった。

 今更な気もするが、ようやく自分の非を認める気になったのか……。


 そう思ったのだが、やはり、ミサはミサだった。

 続く言葉に俺は絶句した――。


「私が本当に愛しているのはレント。あなたなのっ! ガイとのことは一時の気の迷いよ。私が本当に愛しているのは、レント、あなただけよっ!」

「…………」

「ねえ、もう一回やり直しましょ? 今度こそ、私はあなたにすべてを捧げるわ。誠心誠意、あなたに尽くすからっ! だから、お願いよっ」

「はっ?」


 ミサはすがるように手を伸ばす。


 理解不能だ。

 いったい、どういう精神構造をしてんだ、コイツ。

 決闘の時も同じ様なことを言って、散々にボコボコにされたのに、なにも学んでいないのか?


 やられすぎてバカになったのか?

 いや、元々バカだったな。


 俺は本当になにも分かっていなかった。

 非を認めて謝罪するどころではない。

 また、都合よく俺を利用しようとしているだけだ。


 ミサからは愛情なんて一切も感じられない。

 自分の保身しか考えていない。


 なんで、こんなのに惚れていたんだろうか……。

 過去の自分をぶん殴りたくなる。


「言いたいことはそれだけか? だったらもう話しかけるな」


 ミサから視線を外し、リンカに声をかける。


「相手にする必要はない。行こう」

「はっ、はい」


 俺はリンカとともに、ギルド入り口に向かって歩き出す。


「ねえ、見てよっ。レントが好きな空色のワンピースよ。綺麗だって言ってたじゃないっ」


 無視して行こうとすると、ミサが必死に訴えかけてくる。


「……ああ、綺麗だ」

「でしょっ!」


 俺の言葉に喜ぶミサ。

 本当になにもわかっていないな。


「ワンピースはな」

「えっ?」

「俺は空の色が好きだ。晴れ渡った空の青が好きだ。だけど――」


 本当に腹が立つ。


「オマエみたいな汚い心の持ち主が着ていると、どんよりと淀んだ曇り空にしか見えないんだよ。ワンピースに失礼だから、二度と着るな」

「なっ……」

「俺が好きなのは、この色だ」


 リンカのスカイブルーの髪を軽く撫でる。


「子どもの頃の夏の日。オマエはもう忘れてしまったかもしれないが、空はどこまでも高く、世界のすべてが輝いて見えた」


 あの頃のミサは元気いっぱいで、とっても魅力的だった。

 どこで道を踏み外したのだろうか。


「あの日の太陽のように眩しく暖かい心を持つリンカ。それにピッタリと合う透き通ったスカイブルー。俺が好きなあの日の空だ」

「レントさん……」


 リンカが頬を赤く染める。


 ミサは言葉を失って立ち尽くしているが、これ以上話すことはなにもない。


「リンカ、行こう」

「はいっ!」

「まっ、待ってっ!」


 ミサが必死になって手を伸ばし――一線を越えた。

 誓約が発動し、ミサが汚いうめき声をあげる。


 それを一瞥し、今度こそ、俺とリンカはギルドに向かって歩き出した――。


【後書き】

 なんでこれで上手くいくと思ったんでしょう?

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