第83話 断空の剣15:嫌がらせを受けて

 冒険者ギルド酒場で他の冒険者にレント襲撃を依頼しようと企んだガイたちだったが――。


 その結果は大失敗であった。

 悪事をバラされた上、貴重な10万ゴルまで奪われてしまった。

 失意のうちに宿屋へ帰って来て、ろくに会話もないまま、ベッドに入った。


 しかし、悔しさと今後の不安に押しつぶされそうな気持ちで、中々寝付けない。

 ようやく、眠りに落ちたのは、夜もたっぷり更けた後だった――。


 翌朝、三人は朝になっても目覚めず、ベッドで眠りについていた。

 そんな三人に突如、激しい痛みが襲いかかる。


「ぐわああああああ」

「ぎゃああああああ」

「ひぃいいいいいい」


 突然の激痛に三人はのたうち回る。


 全身を針で刺されたように激しく痛み、骨という骨が軋み、内臓は暴れ回る。


 血反吐を吐き散らしながら、どうすることもできず、痛みになされるがまま。

 かつて味わったことのない、想像を絶する痛みが続く。

 永遠とも思われる長い時間――実際には一分足らずだったが――は彼ら三人が失神することによって終わりを告げた。


 彼らを襲った激痛。

 その原因を作ったのはレントだ。


 レントがなにをしたか?

 ガイたちが泊まる宿屋に入っただけだ。


 どうして、それが激痛をもたらしたのか?

 それは――決闘時の宣誓が理由だ。


 宣誓に反するとどうなるか?

 耐え難い痛みに襲われ、最悪、命を落とす。


 決闘時の宣誓とは?

 それは――。


 ――今後、俺と俺のパーティーメンバーの5メートル以内に近づかないこと。そして、いかなる攻撃も仕掛けないこと。


 宣誓は意志ではなく、結果によって判断される。

 すなわち、ガイたちがレントに近づく意志があったかどうかに関わらず、彼らがレントの5メートル以内に入ったという、物理的な結果によって、宣誓に違反したと判断されたのだ。


 その結果――彼らが痛みにのたうち回るハメになったのだ。


 これがレントの行った「嫌がらせ」だ。


 ガイたちが反省するどころか、レントを襲撃させようと企んでいたことをジンから聞いて、行ったレントの嫌がらせだ。


 宣誓の「5メートル以内に近づくな」を文字通りに受け取って、「5メートル以内に入らなければいいんでしょ」と考える者はいない。

 この誓約は「別の街に行って、二度とツラ見せんな」という意味だと誰もが知っている。


 それなのに、この街に留まって悪あがきをしている三人。

 誓約に従う気がないと見なされ、この嫌がらせも自業自得だと誰もが思うことだろう。

 ガイたちはそんなことにすら、思いいたっていなかった。


 あぶら汗にまみれ、血反吐のすえた匂いが立ち込める中、三人は昏倒する。

 だが、命があっただけ儲けものだ。

 後一分、レントが宿屋に留まっていたら、三人の命はなかった。


 別にレントは手心を加えたわけではない。

 まだまだ取り立てるつもりの三人に死なれてもらったら困るだけだ。


 ――レントの嫌がらせによって失神した彼らが再び目を覚ましたのは夕方間近だった。


「ううううぅ」


 ゾンビのようなうなり声を上げながら、三人は目を覚ます。

 気分は最悪だ。

 頭は割れるようにガンガンと鳴り、吐き気でムカムカし、全身がズキズキと痛む。

 吐瀉物にまみれた衣類を着替え、口をゆすぎ、窓を開けて換気しても、気分はいっこうに晴れなかった。


「さっきのは、一体なんだったんだ?」

「さあ」

「わからないですー」


 ろくに頭も回っていない三人。

 原因にたどり着くことはなかった。


「あー、もう、最悪ぅ」

「頭が痛いですー」

「…………」


 死にそうな顔をした二人が文句を垂れる。

 ガイも黙っているが、気持ち悪さを堪えるので精一杯だった。


「ねえ、どうするのよ?」


 昨晩の作戦が失敗し、ギルド中に計画が知れ渡ってしまった。

 誰かにレント襲撃を依頼するのはもう無理だろう。


 それに加えて、最後の大切な資金10万ゴルも奪われてしまった。

 1日1万ゴルの宿代2日分を引いて、残りは2万ゴル。

 今日を除いて、後2泊しかできない。


 手持ちのアイテム類を売り払えば、1、2万ゴルはひねり出せるが、後は装備品を売り払うしかない。


 まさに窮地であった。


「…………」


 ミサの問いかけにガイは黙り込む。

 なにもいい考えが浮かばなかったからだ。


「どうせ、なにも思いつかないんでしょっ!」

「ガイさんにはがっかりですー」

「……やっぱり、レントの言う通りにするしかねえのか」

「はっ? もう魔力回復ポーションを買うお金もないのよっ! なに言ってんのっ!」

「寝言は寝て言えですー」

「だって、こうなったら、もう装備を売ってでも、金を作るしかねえだろッ!」


 責め立てられ、ガイは声を荒げる。


 ――魔力回復ポーションを買いまくって、返済にあてろ。じゃないと、9日後に本当の地獄が始まるぞ。


 ここにきてようやく、レントの脅しを真剣に考えるようになったのだ。

 9日後の地獄――今となっては6日後に迫っている――に、ガイは怯えていた。


 だが、ミサは――。


「それは最後の手段よ。まだ、私に考えがあるわっ。それを試すから、待ってなさいっ」


 まだ悪あがきを続けるようだ。

 話は終わりとばかり、テキパキと出かける支度を始める。


 レントが好きだと言った空色のワンピースに着替え、髪をとかし、入念に化粧をほどこす。

 そして、匂い消しに香水をたっぷりと振りかけると――。


「私がなんとかしてみせるわっ」


 ミサは宿を飛び出した――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『空色』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る