第82話 キモノ姿

 奥からスズちゃんの声が聞こえてきた。


「出来ましたよ〜」


 その声に続いて、二人が姿を現す。


「どうでしょう?」

「……………………」


 恥ずかしそうに照れるリンカに目を奪われた。

 言葉が口から出てこない俺に、リンカはだんだん不安そうな顔になる。


「似合わない……ですか?」

「あっ、ごめん。そんなことないよ。よく似あってる。あまりに似合いすぎていて、見惚れていたんだ」

「そっ、そうですか。あっ、ありがとうございますっ」


 俺が褒めると、テンパっているのか、リンカは頭を下げた。

 つられてスカイブルーのポニーテールが揺れる。

 リンカの髪色はキモノによく似合っていた。


「どうじゃ、似合っておるじゃろ。ワシの見立てに間違いはないからの」


 ほっほっほ、と自分の手柄のように店主は笑う。

 まあ、言うだけのことはある。

 それくらい、見事に似合っていた。


「こんな派手な色、着たことがないので恥ずかしいです……」


 リンカは顔を赤くするが、キモノはそれ以上に鮮やかな赤だった。

 下半身にまとっているのは紺色のロングスカートのようなもの。

 そのコントラストがリンカのスカイブルーの髪によく似合っていた。


 どちらも見慣れない色だった。

 赤と紺なのだが、普段目にする色と微妙に異なる色合いだ。

 だが、不思議と気持ちが落ち着く色だった。


「キモノは猩猩緋色しょうじょうひいろじゃ。少し黄色がかった赤が美しいじゃろ」

「ええ、なんというか、不思議な色ですねっ」

「ああ、よく似合っているよ」

「綺麗ですっ」


 リンカも気に入っているようだ。


「そうじゃろ? 羽二重の後染めでの。猩々しょうじょうの血で染め上げたのじゃ」

「猩々って、あのサルみたいなモンスターの猩々ですか?」

「ああ、そうじゃ。この深みは猩々の血じゃないと出せんのでな」


 猩々はBランクモンスター。

 中々の強敵だ。

 遭遇したことはないが、確か、赤い毛並みだったはず。


「それに魔力との相性も良い。薄くて軽いが、魔力を流せば、中々の防御力じゃよ」


 装備品に魔力を流すのは難しい。

 出来る人は限られている。

 しかし、リンカには【壱之太刀】があるから問題ない。


 【壱之太刀】発動中は武器も含め、全身が赤い光に包まれている。

 これは目に見えるほど強力な魔力に包まれている証だ。


「そして、下につけているこれはハカマじゃ。この色は鉄紺色てつこんいろ。濃く深い紺の中、わずかに緑みが感じられるつやのある色じゃろ」

「ええ、吸い込まれるような深みですっ!」

「こっちもリンカに似合っているよ」

「ミスリルの粉末を使っておるからの。こっちも魔力との親和性はばっちりじゃ」

「へえ、ミスリルですか」

「すごいですっ!」


 ミスリルは魔力を流すことによって強固になる。

 武器や鎧に使われることが多いが、こういう使い方もあるのか……。


「それに見た目は長くてジャマそうだが、軽くてゆったりとしているから、動きやすい作りになっておる。加えて、足さばきを見破らせないという意図もあるんじゃ」


 普通のモンスターにはあまり意味がないが、知性のあるモンスターや対人戦では効果があるだろう。

 よく考えられている。


「へえ、確かにそうですね」

「それだけじゃないぞ。速度上昇の効果も付与してあるでの。今までよりも格段に速く動けるじゃろう」


 ただでさえ動きの速いリンカに速度バフか。

 どうなるか、早く見てみたいものだ。


「どうじゃ、気に入ってもらえたかの?」

「はいっ、軽くてとっても動きやすいですっ!」

「ええ、十分満足のいく品です。ありがとうございました」

「ほっほっほ。ワシも楽しい仕事ができた。また、なんかあったら、気軽に頼んでくれんかの」

「「はいっ!」」


 キモノの代金を支払い、店を後にする。


「ちょっと遅くなっちゃったけど、ダンジョンに行こう」

「はいっ! 早く試してみたいですっ!」


 リンカは興奮気味だ。

 その気持ちは俺もよく分かる。

 新しい装備を手に入れたときの興奮は堪らないものだ。


「今日もアリ退治だ。頑張ろう」

「はいっ! 気合ばっちりですっ!」


 ダンジョンに向かう足取りは軽かった――。

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