第81話 嫌がらせ(下)

「ここ、ですか……?」

「ああ、ここだよ」


 宿屋の前で、リンカが不安そうに尋ねてきた。

 不安を感じるのも当然だ。


 今、入ろうとしているのは、古びた安宿。

 駆け出しの冒険者や金のない旅人が泊まる宿だ。

 お世辞にも綺麗とは言えない。


 なんで、わざわざこんな小汚い場所でお茶を飲むのか。

 理由を知らないリンカとしては、不安でしょうがないんだろう。


 まあ、目的はお茶を飲むことじゃなくて、嫌がらせなんだよな……。

 リンカには教えないけどね。


「入ろう」

「はっ、はい」


 俺が歩き出すと、リンカは素直にその後をついて来る。

 俺を信用してくれているんだろう。

 まだ、短い期間だけど、それなりに信頼関係は築けてるつもりだ。


 今にも外れそうなボロボロの扉を開けると、錆びついた蝶番ちょうつがいが耳障りな悲鳴を上げた。


 俺が宿屋に一歩足を踏み入れると――。


「ぐわああああああ」

「ぎゃああああああ」

「ひぃいいいいいい」


 蝶番も顔負けの悲鳴が上の階から聞こえてくる。

 叫び声は一分以上続き、唐突に途切れた。


 シーンと静まった宿屋の一階。

 そこは食堂になっており、朝食をとっている数人がいた。

 彼らは叫び声にびっくりして、腰を浮かしたままだ。


 不審に思ったのだろう

 店主らしき男が階段を上って行った。


『どうなってる?』

『死にかけた羽虫みたいに苦しんでました〜。でも、今は失神しちゃっいましたです〜』


 エムピーが嬉しそうに報告してくる。

 俺も少し溜飲が下がった。


『このままお茶を飲んだらどうなる?』

『死んじゃいますです〜』

『そうか、それは困ったな……』


 まだ、取り立て中だ。

 死んでもらっては困る。


「リンカ、お茶はまたにしよう」

「へっ?」

「お茶なら、もっと美味しい店を今度紹介するよ。さあ、行こう」

「はっ、はい……」


 事態が飲み込めず、リンカはきょとんとしている。


「あのっ――」

「ん?」

「さっきの悲鳴、なんだったんでしょう?」

「さあ? バチが当たったんじゃない?」


 俺はすっとぼけた返事をする。

 まだ納得していない様子のリンカを連れ、俺はあらためてヤギュウ堂に向かった――。


 店の入口にかけられた布――一昨日教えてもらったが暖簾のれんと言うらしい――をくぐり、店内へ入る。


「あっ、一昨日のお兄さん。いらっしゃい」


 コロコロと鳴るスズちゃんの声が出迎えてくれた。

 今日は桃色のキモノ。こっちもよく似合っている。


「リンドウさんはいるかな?」

「はい、中におります。ご案内しますね」

「ああ、ありがとう」


 スズちゃんに連れられ、昨日案内された部屋へ向かう。


「レント殿、リンカ殿、いらっしゃい。もう出来てるよ」


 出迎えたのは少し浮かれ気味の店主リンドウだった。


「スズや、着付けを手伝ってやりなさい」

「は〜い。リンカさんこちらへ」

「はっ、はい」


 緊張を隠しきれていないリンカは、スズちゃんと一緒に奥の部屋に消えて行った。


「久々にいい仕事をさせてもらったよ」


 店主は満足気な様子だが、俺は少し気になった。


「久々……ですか?」

「ああ、半年ぶりになるかの」

「どっちが本業なんですか?」

「コッチが本業……って言いたいところじゃが、装備品としてキモノを求める冒険者は数が少なくてのう。土産物でも売らんと食っていけんのじゃ。子どもも養わんといけんしのう」


 リンドウは屈託なく笑う。


「でも、おかげで助かりました」

「な〜に、それはこっちのセリフじゃ。気に入ったら、贔屓にして下され」


 ここを紹介してくれたムネヨシさんの話では、リンカの戦闘スタイルを活かすにはキモノが一番いいそうだし、それになにより、リンカが強い関心を示していたからだ。


 ――自分が納得する装備が一番良い。


 むかし、先輩冒険者から聞いた言葉だ。

 俺も一理あると思う。


 俺自身も戦闘スキルは持っていなかったが、長年短剣を使い続けてきた。

 いろいろな武器の中で短剣が一番しっくり来たからだ。


 そんな事を考えていると、奥からスズちゃんの声が聞こえてきた。


「出来ましたよ〜」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『キモノ姿』


 嫌がらせ完了!

 カンのいい読者さまはお気づきかと思いますが、ガイたちになにが起きたかは83話で明らかに。

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