第80話 嫌がらせ(上)

 ――メガアントの巣穴を攻略した翌日。


 今日もリンカとダンジョンに潜る予定だが、その前にヤギュウ堂に寄って行く。

 一昨日頼んだリンカのキモノを受け取るためだ。

 市街の大通りを歩いていると、後ろから男の声で呼びかけられた。


「レント、レント」


 振り向くと―― 。


「ジンさん!」


 『流星群』のメンバーの一人、ジンさんだ。


「よう。この間は儲けさせてもらったぜ」

「ああ。それは良かったですね」


 ジンさんはガッシリとした体つきで俺よりも頭ひとつデカい盾職だ。

 その見た目にも関わらず、『流星群』いちの頭脳派で情報収集担当。


 お金儲けが大好きで、先日の決闘の際、賭けの胴元をやっていたのもこのジンさんだ。

 百人近いギャラリーがいたので、それなりの儲けになったのだろう。


 お金と魔力という違いはあるけど、エムピーと気が合いそうだ。

 などと考えていると『一緒にしないで下さい〜』とエムピーが訴えてきた。


「なにか用ですか?」

「ああ、ちょっと伝えておきたいことがあってな」


 ジンさんは声を潜める。


「昨晩の話だが、『断空の剣』のヤツらが、他の冒険者たちにレント襲撃を依頼していた」

「はっ!?」


 バカだ、バカだ、とは思っていたが、想像を超えるバカだった。

 せっかく、心を入れ替えるチャンスだと教えてやったのに、まったくの無駄だったようだ。

 まあ、その方が心置きなく取り立てできるから構わないが。


「もちろん、俺たちを敵に回してまで受けるようなアホはいないから、心配ないとは思うが……。一応、伝えておこうと思ってな」


 俺がロジャーさんに立会人を頼んだのは、この時のためだ。

 捨鉢になったヤツらが他の人間を使ってくる可能性があった。

 だが、ロジャーさんが立会人を務めた以上、襲撃に加担するのは、『流星群』を敵に回すようなもんだ。

 まともな冒険者なら受けないだろう。


 そう思っての保険だったのだが……まさか、本当に役立つとはな。


「まあ、そういうわけで、まずないとは思うが、気をつけてな」

「いえいえ、わざわざありがとうございます」

「気にするな。また、儲けさせてくれよ」


 そう言い残して、ジンさんは去って行った。


「大丈夫ですよね?」

「ああ、大丈夫だよ。ジンさんが言った通り、なにも起きないと思うよ」

「だと良いのですが……」


 リンカは少し不安そうだが、俺はそんなに心配していない。

 この街で『流星群』を敵に回したがる冒険者はいないだろう。

 経験も、実績も、信頼も、『流星群』は飛び抜けている。


 そして、歯向かう者には容赦しない。

 以前絡んできたパーティーをボコボコにして壊滅させたのは有名な話だ。

 絡んできたパーティーは散り散りになって、この街から逃げるように去って行った。


 だから、心配はしていない。

 だけど、やっぱり、ムカつくものはムカつくな……。


『なあ、エムピー』


 リンカに聞かれないように心の中で話しかける。


『はいです〜』

『今の話、本当?』

『本当です〜。昨晩、小バエみたいにちょろちょろ動きまわってました〜』

『教えてくれてもよかったのに……』


 うらみがましく伝えるが――。


『どうせなにも起こらないのは分かってましたから〜。それに、マスターはぐっすりお休みだったので、起こすのもしのびなかったです〜』

『そっか……』


 まあいい。


『それで、ヤツらは今ドコ?』

『まだ宿屋にいますです〜。昨日、夜ふかししたせいで、まだぐっすり眠ってます〜』

『そう。ありがと』


 ヤツらがいる宿屋の場所は、昨日エムピーから聞いている。


「ねえ、リンカ。ヤギュウ堂に行くのは後回しにしよう」

「それは構わないですけど、どうするんですか?」


 伺うように尋ねてくるリンカ。

 いかん。顔に出てたか……。

 俺は努めて笑顔を作り出す。


「ちょっとした嫌がらせだよ」

「えっ?」


 小声だったので、リンカは聞こえなかったようだ。


「ううん。なんでもない。ちょっとお茶でも飲んでいこう」

「お茶ですか?」


 リンカの顔には、はてなが浮かんでいる。


「ああ、あんまり美味しいお茶じゃないけどね……」

「わかりました」


 いまいち腑に落ちない様子のリンカを連れて、俺はヤツらがいる宿屋に向かった――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


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