第79話 断空の剣14:悪巧み(4/4)
「私たちを一晩好きにしていいわ」
「えっ!?」
そんな話は聞いていなかったエルが驚きの声を上げる。
いくらレントが憎いとはいえ、ガラの悪い男たちに身体を許すのは耐え難い思いだった。
ミサがエルに「大丈夫」と目配せする。
ミサとしては、はなっから報酬を払う気などない。
どうせ、しらばっくれるのだからと、大盤振る舞いだ。
その提案に男はジッとミサの目を見射る。
心の奥底まで覗き込む鋭い視線に、ミサは無意識のうちに指で眉を触った。
その動きを男は見逃さない。
凝視され視線が泳ぎそうになるのを必死に抑え、ミサは口を開く。
声が震えそうになるのをなんとか堪えながら。
「どうかしら?」
男が応えるまでしばしの間があった。
その間、自分の瞬きの回数が増えていることにミサは気づかない。
やがて、もったいぶって男が言う。
「悪くないな。前金は?」
「現金で10万ゴル」
現在『断空の剣』が払える限界ギリギリの額だ。
これを払ってしまえば、3万ゴル。
虎の子の10万ゴルだが、背に腹は変えられない。
これでレントを殺せるなら安いものだ。
ミサは硬貨を10枚テーブルに摘み上げる。
だが、男はちらりと一瞥するだけで、硬貨には手をつけない。
「ん〜、ちょっと足りないな」
男の言葉に、ミサの足がピクリと動いた。
これ以上払うことはできない。
だが、弱みを見せることもできない。
「どうせ、それ以上払えないんだろ?」
「…………」
男に弱みをつかれ、ミサは押し黙る。
「じゃあ、別のモンで払ってもらおうか」
男は他の男たちに目配せすると、口元を歪めた。
そして、男は出し抜けにミサの肩を抱き寄せ、もう片方の手で胸を揉み始めた。
それと同時に、男たちの手が伸びる。
ミサだけではなくエルにも。
二人の胸、太もも、そして、それ以上の場所まで――。
「前払いにこれくらい安いもんだろ?」
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた男たちの無数の指が、遠慮なく二人の身体を這い回る。
「ちょっ、ヤメて……!」
ミサが手をどけようともがいても、男の強い力で抑えこまれ、思うようにできない。
エルは恐怖と恥辱で固まっていた。
「なあ、ネエチャン」
男は手を止めず、ミサの胸を揉みしだく。
愛撫以上の力が込められ、胸に激しい痛みを感じるほどだ。
「お前、バカだろ。最初から報酬なんか払う気ねえのがバレバレなんだよ」
「なっ……」
嘘を見抜けないようでは、裏の道は歩めない。
ミサの浅知恵と下手くそな演技など、男には完全にお見通しだった。
「たしかに俺らは汚れ仕事もする。だけど、『流星群』を敵に回すほどのバカじゃねえよ」
レントが数日前にロジャーたちと一緒に飲んでいたこと。
『流星群』のロジャーが決闘の立会人を引き受けたこと。
決闘後の打ち上げでも、仲間のように扱われたいたこと。
この街の冒険者の間では、周知の事実。
レントは『流星群』の身内。
それが共通認識だ。
ゆえに、レントを敵に回すことは、『流星群』を敵に回すこと。
『断空の剣』の味方をする者は、この街にはもう誰もいなかった。
最後にひとしきり力を入れて、男はミサの胸を握りつぶす。
声が出そうになったが、ミサは必死で堪える。
そして、男は手を離し、ミサから距離をとる。
「おい、ヤメろ」
男の合図で、二人に伸ばされていた手が引っ込む。
「失せろ」
もう用はないぞとばかり、男が冷たく言い放つ。
ミサは憤慨しているが、早くここを去るべきと腰を浮かす。
「エル、行くよっ」
「うっ、うん……」
二人は立ち上がり、ミサはテーブルの硬貨に腕を伸ばし――。
「置いてけ。授業料だと思えば安いもんだろ」
「なっ!?」
「大声出してやろうか?」
男が挑発的な笑みを浮かべる。
「…………行こう」
ミサはチッと舌打ちして手を引っ込めた。
そのまま、エルの手を掴む。
大切なお金は取られてしまったが、まだチャンスはある。
他の相手を見つけ、今度こそ上手くやる。
唇を噛み締め、この場を立ち去ろうとし――。
だが、これで終わりではなかった。
男が酒場中に響き渡る大声を上げる。
「おいっ、『断空の剣』が誰かを襲いたいみてえだぜっ。誰か依頼を受けてやれよっ」
「なッ!?」
ミサの動きが止まる。
口は開いたままだ。
酔客たちの無責任な視線が突き刺さり、ミサは顔を伏せた。
最初からこうするつもりだったのね――ミサは怒りに震えるが、すでに後の祭りだ。
その場にいた冒険者たちは、なにが起きたのか、事情を察した。
これでまた、『断空の剣』の悪い噂がひとつ増えることになった。
もう、同じ手段は使えない。
誰かにレントを襲わせるという計画は、失敗に終わった。
二人は歯噛みしながら、ギルド酒場を後にした――。
レント襲撃依頼。
失敗に終わった浅はかな振る舞い。
その結果がなにをもたらすか。
ミサたちはまだ知らなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
作戦失敗!
相手を見る目がなかったね!
負い目がある場合、悪い人に頼ると、逆に尻の毛まで抜かれるから気をつけようねってお話でした。
次回――『嫌がらせ(上)』
レントのターンです!
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