第75話 アリ退治を終えて

 夕方になり、ダンジョンから引き上げた俺たちは冒険者ギルドに向かって歩いていた。


「さすがに疲れました〜」

「ああ、俺もだよ」

「エムピーもです〜」

「いや、エムピーは疲れてないだろ。倒れたアントをつんつんしてたくらいじゃないか」

「えへへ〜、お二人に合わせてみたかっただけです〜」

「「あはは」」


 今日は一日中メガアントを狩り続け、最終的にはメガアントの巣穴を四つも駆逐した。

 移動の時間を除けば、ほぼ戦いっぱなし。

 定期的に「ヒール」をかけていたとはいえ、戦闘中、激しく動き回ったリンカの顔には疲れの色が滲んでいる。


 俺も今日は疲れた。

 とっても疲れた。


 やっていることは立ち止まって魔法を放ち、リンカが疲れてきたら「ヒール」するくらいだ。

 魔蔵庫のおかげで魔力は減っていないし、肉体的な疲労はそれほどでもない。

 だが――。


「レントさんのフォローは完璧でした〜。ここで、足止めして欲しいなって思うと、ちょうどそこに魔法が飛んで来るので、ビックリしましたよ〜」

「マスターは凄いんです〜」


 リンカもエムピーも褒めてくれるが、俺は長年パーティーの後ろで仲間の動きを観察してきたので、戦闘の流れを読むことには多少の自信がある。

 それでも、高速で動き回るリンカの動きに合わせ、最適にフォローするのは、思っていた以上に精神的な疲労が大きかった。


 戦闘中はリンカの動きに意識が吸い寄せられ、勝手に身体が動いた。

 気持ちが高揚し、いつまでも戦い続けられると錯覚した。

 だけど、戦いが終わると今まで忘れていた疲れが一気に襲いかかり、しばらく動けない状態だった。


 戦い自体は一方的な虐殺だったが、それを成し遂げるにはギリギリまで精神をすり減らさねばならなかった。


 ――それだけ激しい戦いだった。


 まだまだ、精進が必要だ。

 気合入れないと、すぐにリンカに置いて行かれてしまう。


「まさか、自分がメガアントの巣を壊滅できるなんて思ってもいませんでした」


 メガアントの巣穴は第2階層の最難関。

 第3階層の序盤より難易度が高い。

 第3階層まで到達していたリンカだが、巣穴は今日が初挑戦だった。それをなんなく壊滅させたのだ。

 自分でも信じられないのだろう。


 だが、それと同時に、この経験はリンカに確固たる自信をもたらしたはずだ。

 今朝よりもリンカの瞳は輝き、まっすぐに前を向く。

 過去を振り払い、明日へ向かって――リンカは歩いている。

 いつまでも、その隣に立って歩きたいものだ。


「明日もがんばりますっ!」

「じゃあ、そのためにも、ちゃんと食べておかないとな」

「あはは。そうですねっ! お腹空いちゃいました」

「エムピーもぺこぺこです〜」

「よしっ、腹いっぱい食べるぞ〜」

「はいっ!」「はいです〜!」


 ダンジョン攻略を終え、張り詰めていた空気が弛緩し、その中で笑い合う。

 他愛もない時間だが、何物にも代え難い貴重な時間だ。


 『断空の剣』では、とうの昔に失われたものだ。

 盛り上がるのは俺を除いた三人。

 俺は一人、蚊帳の外だった。

 疎外感に苛まれ、下を向くしかなかった。


 だけど、今――。


 隣を向けば、笑顔が返ってくる。

 些細なことで笑い合える。

 今日という日を共有できる。


 それだけで、俺は幸せだった。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『断空の剣11:悪巧み(1/4)』


 足りない頭でなにを考えるんでしょう?

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