第74話 メガアントの巣穴(下)
「さあ、はじめよう――殺戮を」
リンカが前に突き出した死骨剣から血が滴る。
飢えた野獣のような獰猛さ。
リンカはメガアントの大群に飛び込み、ハリケーンのように暴れ始める。
斬られ、吹き飛ばされるメガアントたち。
暴威の限りを尽くすリンカ。
敵から見たらたまったものじゃないだろうが、味方にすればこれほど頼りになる者はいない。
その動きに視線が引き寄せられる。
美しい舞いのようだ――。
リンカの動きはリズムを産み出す。
強く、弱く、強く、弱く――。
テンポにのり、一拍ごとにメガアントの首が堕ちる。
リンカのリズムに巻き込まれ、巻き取られ。
メガアントたちは吸い込まれるように命を落としていく。
いつまでも眺めていたい光景だが、今日は俺も役目がある。
リンカのレベリングだけが目的ならば、彼女にすべてを任せた。
彼女一人でも問題なく巣穴を壊滅させられるだろう。
だが、今日のアリ退治は連携の練習も兼ねている。
今後絶対に必要になるので、早いうちから慣れておこうという心づもりだ。
リンカの剣が産み出すリズムによって、大きな渦がメガアントを飲み込んでいく。
ほとんどのメガアントがそこに吸い込まれるが、わずか数体、渦から逃れるものがいる。
リズムを妨げる変拍子。
メロディーを乱す不協和音。
舞踏を阻む
描き忘れた竜の眼の如く、舞いの完成に一歩届かない。
俺の仕事は最後の一筆。瞳を付け加えること――。
「――ファイアボール」
流れを乱そうとするメガアントに向かって、牽制の火球を放つ。
大したダメージは通らないが、その動きを乱すことはできる。
一拍、気をそがれたメガアントは、リンカの作り出す奔流に飲み込まれ、演舞の一部に組み込まれていく。
燃え盛る炎に飛び込む羽虫のように。
「――ウインドカッター」
倒せるヤツは首を刈り取り――ひとつずつ邪魔を取り除いていく。
リンカの舞いを完成に近づけるため。
「――【威圧】」
怯ませ、一拍遅らせる。
自然と身体が動く。
次になにをすればいいのか、考えなくても理解できる。
俺自身もリンカの一部であるかのように。
「――アースウォール」
土壁で群れを分断。
今まで体感したことのない高揚感が全身を包む。
戦える。どこまでも戦える。
全ての敵を討ち倒すまで。
――無我夢中だった。
身体が動くままに魔法を打ち続け、気がついた時には数体を残すのみ。
それ以外はすべて、リンカが物言わぬ姿に変えていた。
だが、生き残ったのはただのメガアントではない。
メガアントを束ねる将軍格――ジェネラル・メガアント。
メガアントより身体が一回り大きく、立って長い槍を構えている。
その数6体。
半数は必死で女王を守るよう、その輪を狭めて防御態勢。
残りの3体がこちらに向かって、槍を突き出す。
リンカが一歩前に出て、俺を庇うように立つ。
「気をつけて」
「ええ」
ジェネラルたちは距離を取ったまま、同時に口から紫色の液体――ギ酸を飛ばす。
毒性の高い液体で、皮膚に付着すると紫色に
だが、リンカは慌てない。
死骨剣を振り、三方向から飛んで来るギ酸を斬り払った。
だが、その飛沫がリンカの顔に付着する。
俺は即座に――。
「――キュアポイズン」
【回復魔法LV1】の解毒魔法を唱える。
紫色に変色しかけたリンカの頬が元の色に戻る。
すぐに解毒したので、ダメージはないように見える。
俺も飛沫を浴びていたが、【毒耐性】を持っているのでノーダメージだ。
リンカが駆け出す。
それに合わせて俺は――。
「――【威圧】」
ジェネラルは一瞬動きを止める。
その一瞬は、リンカの前では命取りだ。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
ジェネラルの頭部が三つ、地面に転がった。
残された三体のメガアントたちは威嚇の声を上げる。
そして――女王が二本の脚で立ち上がった。
その手には二叉に分かれた長い槍を持っている。
クイーン・メガアントが高らかに槍を掲げ「リ゛リ゛リ゛リ゛リ゛リ゛リ゛」とおぞましい声を発すると――。
20体のメガアントと3体のジェネラルが、なにもないところから現れた。
クイーン・メガアントは直接的な攻撃手段を持たない。
唯一できるのは、こうやってメガアントを産み出すことのみ。
護衛のメガアントが数を減らすと、女王は新たなメガアントを召喚する。
この性質があるからこそ、俺たちはここを狩り場に選んだのだ。
女王は魔力を使い果たすまで、メガアントを生み続ける。
すなわち、それまでは獲物が尽きないのだ。
リンカの【壱之太刀】はゴブリン・コロニー程度ではものの十数分で皆殺し。
長時間使用の練習台にならない。
だが、ここなら、女王の魔力がなくなるまで、いくらでも狩り続けられるのだ。
さあ、第二幕を始めよう――。
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