第69話 ヤギュウ堂

 店内は異国情緒あふれる不思議な小物であふれていた。

 魔道具とも思えないし、どう見ても土産物屋だ。

 少し不安になってきたところで、店主らしき男性が話しかけてきた。

 太った好々爺といった印象だ。


「いらっしゃい。お土産かね?」

「いえ、ムネヨシさんからの紹介で来ました。冒険者のレントと言います」

「ああ、そっちのお客さんか」

「冒険者用のキモノを扱っているとお聞きしたのですが……」

「そっちのお嬢ちゃんかい?」

「はっ、はい」


 店主が品定めするように、リンカをじっと見る。


「わかった。ちょっと待ちな」


 店主は階段の方に向かい、二階に声をかける。


「スズ、店番頼む」

「は〜い」


 呼ばれた少女が下りて来る。


「あっ、お客さん、いらっしゃい」


 ぺこりとお辞儀するスズ。

 黄色いキモノが似合う十歳くらいの女の子だった。


「ちょっと、裏庭までついて来てくれ」


 店主に導かれ、裏庭に向かう。

 思っていたより広かった。

 店主は木刀を手に取り、もう一本をリンカに放る。


 打ち合うつもりだろうか?

 それだけの広さは十分にある。


「お嬢ちゃんの動きが見たい。ワシが攻めるから、適当に躱してくれんかな」

「はっ、はい」


 木刀を構えると店主の気配が変わった。

 それを見てリンカも戦闘モードへと切り替える。


「では、参る」


 ――開戦の合図。


 次の瞬間、1メートルの差をつめ、店主がノーモーションで突きを放つ。

 リンカは左足を下げ、半身になって突きを躱す。


「ほう。少しずつ速くしていく。ついて来られるかの?」


 言葉通り、店主は先ほどより速い突きを放ってくる。

 リンカはそれを危なげなく避けるが、店主の攻撃は終わらない。

 次から次へと止まらぬ動きで、突きを繰り出してくる。

 リンカは足さばきだけで、それを回避していく。


「では、これはどうかな?」


 突きだけではなく、斬り下ろし、斬り上げ、薙ぎ払い――。


 店主の連続攻撃は勢いを増す。


 独特の足運び、流れるような剣さばき。

 俺の知っている剣士の動きではなかった。


 とても、老体とは思えない。


 だが、リンカも負けてはいない。


 躱し。

 払い。

 受け。


 打ち返し。


 怒涛の連撃をリンカは凌ぎ切った。


「なかなかやるのう」

「そちらこそ」

「だが、まだ本気じゃないようだのう。お嬢ちゃんの本気、見せてもらえんか?」

「いえ、それは出来ません」

「ほう。本気を出さんなら、キモノは売らんぞ」

「それでも、出来ません」

「なぜじゃ?」

「あなたを殺したくないからです」


 リンカは真剣な目で店主を射る。


「ふふっ。怖いお嬢ちゃんだ」


 店主は木刀を下ろし、戦闘態勢を解除する。

 リンカも張り詰めていた気を収める。

 緊迫していた空気が一瞬で弛緩した。


「遅くなったが、ワシはヤギュウ堂21代目リンドウと申す。お嬢ちゃんの名前を教えてくれんかね?」

「リンカです」

「よしっ、リンカ殿のためにとびっきりの一品を仕立ててみせよう」

「あっ、ありがとうございます」

「ついて参られよ」


 店主リンドウに続いて店に戻り、奥の部屋へ案内される。

 壁際の棚には色とりどりの反物が並び、部屋の中央には大きな作業台が置かれていた。

 エムピーは『わ〜、綺麗です〜』と目を輝かせている。


「それで予算はどのくらいじゃ?」

「200万ゴル以内でお願いします」


 現在、手持ちは206万ゴル。

 そのほとんどがメルバに来てから稼いだものだ。


 今のところ差し迫った出費はないし、ダンジョンに潜れば一日20万ゴルは軽く稼げる。

 リンカが装備している革鎧はEランク冒険者程度のもの。

 この先を考え、思い切って全額投入することにしたのだ。


「リンカ殿はCランクくらいかの?」

「いえ、先日Eランクになったばかりです」

「ほう……」


 リンドウはしばし考え込んでから――。


「事情があるようじゃが、リンカ殿ならすぐに上がるじゃろう」


 リンドウは俺の方を意味あり気な視線で見てる。


「よし、分かった。Cランクでも通用するキモノを仕立てて見せよう。色の好みはあるか?」

「いえ、特には」

「嫌いな色は?」

「それも特には」

「ワシが見繕ってもいいか?」

「はいっ。お任せします」

「では、さっそく採寸といこうかの。スズー」


 リンドウが呼びつけると、スズちゃんが顔を出す。


「なんや、父ちゃん?」

「採寸じゃ」

「はーい」


 言われたスズは巻尺を手に取り、リンカの身体の各部位の長さを測っていく。

 テキパキと手際よく進んでいき、採寸は5分ほどで終わった。


「お疲れ様でしたー」

「仕立てに二日かかるでの。明後日の朝以降に来てくれるかの?」

「わかりました。では、また明後日お伺いします」

「よろしくお願いしますっ」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

次回――『断空の剣9:ベッドの上で(上)』


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