第47話 『流星群』ロジャー(下)

「率直に言うぞ。俺たちのパーティーに入らないか?」


 じっと俺の眼を見て、ロジャーさんが告げる。

 予想外の誘いに言葉が出ない。


「どうした?」

「いえ、いきなりの事にビックリしてしまって……」

「そうか? 前も誘ったじゃねえか。あん時はすっぱり断られたがな」


 前にもロジャーさんから勧誘を受けたことがある。

 『断空の剣』がDランクからCランクに上がろうという時期だった。

 一方、ロジャーさんたち『流星群』は当時Aランクに上がったばかり。

 はるか雲の上の存在だった。


 飲みに誘われたりとプライベートでは仲良くしていたが、それだけでパーティーに誘われるとは思っていなかったし、話半分で本気じゃないだろうと思っていた。

 社交辞令か、酒の上のたわ言か。

 そう解釈したので、「皆さんと並んで立てるようになったら、また誘って下さい」と返事したことを覚えている。


 ――あれから二年。


 元パーティーと決別して、再起の道を選んだとは言え、まだまだ歩き始めたばかり。

 未だ彼らに並び立てるほどになったとは思えない。


「俺はまだ――」

「まだ、そんなこと言ってんのか。前も言ったけど、俺たちとお前さんの間に差があることなんて百も承知だ。だが、そんな差なんてすぐに埋められる。お前さんには才能があるし、ウチならその才能を伸ばすことが出来る」

「…………」

「お前さんは間違いなく、トップ冒険者になれる」

「評価していただけるのはありがたいのですが……」


 正直、むちゃくちゃ嬉しい。

 「用済み」だと切り捨てられた俺のことを、ちゃんと認めてくれる。

 しかも、ガイたちより格上のロジャーさんがだ。


 ロジャーさんたちの人となりはよく知っている。

 ガイたちみたいに俺を使い捨てにしたりするはずがない。


 もし、これが追放直後だったら、俺はこの誘いに一も二もなく飛びついただろう。

 だけど、追放から色々あった。


 エムピーと出会った。

 《無限の魔蔵庫》の破格の性能を知った。

 リンカと知り合い、彼女の潜在能力に惹きつけられた。


「それともあれか、最近つるんでる女の子……」

「リンカちゃんよ」

「そうそう、そのリンカって子が気になってるのか? だったら問題ない。その子もまとめてウチで面倒見るぜ。少し調べたが、あの子も化けるぜ。なんで今まで大手が放っておいたのか不思議なくらいだ」


 リンカと一緒に面倒見てくれる。

 決心していたのに、心が揺れる。


 ロジャーさんたちと一緒に冒険したら楽しいだろう。

 それに、第8階層制覇という夢を一緒に追えるんだ。

 とてつもなくありがたい申し出。

 こんなチャンスは二度とないだろう。


 だけど――。


「ごめんなさい。俺には、俺のパーティーがあり、俺の目指す道があるんです」


 真っ直ぐにロジャーさんの目を見る。

 ロジャーさんも強い視線で見返してくる。


 しばらく、沈黙が流れ――。


 ロジャーさんの頬がほころんだ。


「そうか、じゃあ、今日からライバルだな。頑張れよ」

「はいっ!」


 俺が断るとロジャーさんはそれ以上しつこく言ってこなかった。

 その代わり――。


「それで、どうしてソロになったんだ? 詳しく聞かせろよ」

「私も知りたいわ〜」


 二人が興味深そうに俺の顔を覗き込む。


「ええ。分かりました――」


 追放されてからこれまでの経緯を二人に話すことにした。

 俺も誰かに打ち明けたかったのだ。

 胸の中にこびりついたこの思いを。

 信頼できる相手に打ち明けたかったのだ。


「ふーん、なるほどな」

「あらあら」


 俺が話し終えると、二人は笑顔を浮かべていたが、その目は笑っていなかった。


「それで、ロジャーさんにひとつお願いがあるのですが――」


 俺はひとつのお願いを伝える――。


「ああ、任せろ。俺も楽しみにしてるぜ」

「ふふふっ。私も楽しみだわ〜」


 俺のお願いを、ロジャーさんは快諾してくれた。

 もともとはギルド職員に頼もうかと思っていたが、ロジャーさんなら、より適役だ。


「さてと、今日はこんぐらいにしておくか」


 ロジャーさんは立ち上がり、トイレに向かった。


「ねえ」


 二人きりになると、酒精を含んだ甘い息が耳元で囁く。

 ぞくりと、魂まで蕩けそうな甘さだ。

 ナミリアさんはぐっと身体を預けるようにして、誘惑の言葉を紡ぐ。


「この後、二人だけで飲み直さない?」

「えっ!」

「見ないうちにずいぶんカッコよくなったわね」


 ナミリアさんの指が二の腕をすすーっと撫でる。


「前は青い少年の香りで、それはそれで可愛かったけど、今は男の顔になったわ。食べちゃいたい」

「いえ、あの……」

「それとも、今はリンカちゃんに夢中なのかな?」

「いえ、そういうわけでは……」

「カワイイわよね、あの子。守ってあげたくなっちゃう。ああいう子がタイプなの?」


 リンカと出会って三日目だ。

 彼女には好意を持っているが、恋心というまでには至っていない。


 ナミリアさんは魅力的な女性だが……どこまで本気なのかわからない。


「難しく考えないで。私とは遊びでもいいんだから」


 ナミリアさんが蠱惑的な表情でつぶやく。

 目をうるませ、唇もつややかに輝く。

 その瞳に吸い込まれそうになる。


 ナミリアさんの顔が少しずつ近づいてくる。

 思わず腰を引くが、彼女は更に詰めてくる。

 顔が触れ合いそうな距離にまで近づき――。


「痛っ!」


 トイレから戻ってきたロジャーさんがナミリアさんの頭をすぱこーんとはたいた。


「レントで遊ぶんじゃねえ」

「遊んでなんかいないわよ〜」

「ほら、行くぞ」


 ロジャーさんに腕を捕まれ、ナミリアさんは引きずられる。


「レントちゃん、またね〜」


 手を振りながら、消えて行く。


「ふう、危なかった……」


 まだ心臓がバクバク言っている。


 二人とも、昔とまったく変わっていなかった。

 そのことが、無性に嬉しかった――。




   ◇◆◇◆◇◆◇

【後書き】

 なんとなくではなく、ちゃんと育成計画があっての勧誘です。

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