第46話 『流星群』ロジャー(上)

「よお、レント。元気にしてたか?」

「はっ、はい」


 いつも通り、エネルギー満点。

 Aランクパーティー『流星群』のリーダーであるロジャーさんが現れた。

 強い力でバシバシと俺の肩を叩きながら、遠慮なく俺の隣に腰を下ろす。


「レントちゃん、久しぶりね」


 そして、もう一人の女性。

 漆黒の闇夜を思わせる長い髪と、夜空に浮かぶ満月のような黄金色こがねいろの瞳。

 近寄りがたく思わせる切れ長の目は、今は柔らかく細められている。


「ええ、ナミリアさんもお久しぶりです」


 彼女も『流星群』のメンバーで、付与術士のナミリアさん。

 同じ支援職として、立ち回り方などを教えてもらった相手。

 俺より3つ年上、妖艶な大人の女性だ。


 ナミリアさんはごくごく自然な動作で、俺の隣――ロジャーさんの反対側――に滑るように腰を下ろす。

 ナミリアさんはぐっと距離を詰め、俺に密着する。


 ……ちっ、近いです。


 スラリと伸びた肢体に纏うのは、戦闘用のローブ姿ではなく、髪色に合わせた黒く光沢のあるドレス。

 ロジャーさんはいかにもダンジョン帰りといった鎧姿なのに、なぜナミリアさんはこの格好?


 ドレスは胸元が深く切り込まれており、零れ落ちそうな二つの球体についつい視線を奪われそうになるが、グッと我慢して視線をそらす。

 ナミリアさんは無遠慮に腕を絡ませ、双丘をグイグイと押し付けてくる。

 柔らかい弾力に包まれ、思考が停止する……。


「どうかしら、この格好?」

「すっ、素敵です……」


 顔が赤く火照り、まともにナミリアさんの顔を見ることが出来ない。

 昔から、この人には手玉に取られっぱなしだ。

 冒険者としていろいろ教えてもらった手前、無下にできず、かと言って、どう反応していいかわからない。

 結局、終始ナミリアさんのペースだ。


「おい、レントをからかうのは、それくらいにしておけ」

「ふふふっ。怒られちゃったわ。からかってなんていないのに、心外だわ」


 俺の腕をほどき、身体を離したナミリアさんは、しかし、悪びれた様子もなかった。

 解放され、今まで止まっていた呼吸を再開――大きく息を吸い込むと、ナミリアさんの香りが鼻から侵食してきて、頭がクラクラした。


 そんな俺を見て、ナミリアは「相変わらずカワイイわね〜」と俺の鼻を人差し指でつんつんしてくる。

 しばらく俺を弄んで満足したのか、ナミリアさんはようやく俺を解放してくれた。


「おうっ!」


 ロジャーさんが酒場の店員に向かって手を挙げると、それだけでエールが三つ運ばれてくる。


「まずは、乾杯だ」


 三つのジョッキがぶつかる――。


 一息でジョッキを空にするロジャーさんの飲みっぷりに懐かしさを覚える。

 ロジャーさんは俺のことを気に入っていたのか、昔は「おう、飲み行くぞ」とよく誘われたものだ。


 ナミリアさんのジョッキも空だ。

 こう見えて、ナミリアさんは無茶苦茶、酒に強い。

 いくら飲んでも表情が変わらないのだ。

 彼女を酔い潰してどうこうしようと試みる男は後を絶たないが、返り討ちにされる姿を何度も見てきた。


 俺は二人ほど強くないので、二口ほど飲んでジョッキを下ろした。


「俺たちも二週間前にこの街に戻ってきたばかりだ」

「ということは……」

「ああ、第8階層踏破を目指すぜ」


 メルバ大迷宮第8階層制覇。

 それはAランク冒険者の最高到達点。


 多くのAランクパーティーが挑戦し――乗り越えられなかった高い高い壁だ。


 子どもみたいに目を輝かせて宣言するロジャーさんの真っ直ぐな姿は、男の俺から見てもカッコよかった。


「お前さんもいろいろあったみてえだな」

「ええ、まあ……」


 冒険者の口に戸は立てられない。

 俺が追放されたことは、すでに耳に入っているようだ。


 だが、「追放されました」と自分から告げるのも情けなく思い、お茶を濁すしかなかった。


「前からバカだと思っていたが、想像以上にバカなヤツらだったな」


 侮蔑の言葉には、僅かな怒りがこもっている。

 続いてロジャーさんの口から出てきたのは――。


「なあ、率直に言うぞ。俺たちのパーティーに入らないか?」


 まさかの勧誘の言葉だった。?

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