第38話 断空の剣7:剥がれたメッキ(中)

 金属鎧に身を固め、大鎚を持った豚男――ハイオークに立ち向かうガイたち『断空の剣』の三人。

 ミサとエルは魔力が切れていてなにもできない。

 ガイ一人で相手にするしかなかった。

 とは言え、魔力切れはガイも同じ。

 スキルなしで戦わなければならない。


 馬車を飛び降りたとき、ガイは余裕だった。

 ハイオークとは今まで何度も戦って来たが、いつもスキル一発で楽勝だったから。

 それゆえ、スキルが使えなくても大した相手ではないと高をくくっていたのだ。


 だがしかし――。


 ハイオークと対峙したガイは冷や汗を垂らしていた。

 ハイオークの気迫に飲まれ、かつてない恐怖を感じたのだ。

 気を張っていないと、ブルってしまいそうだ。


 ガイはチラッと背後を振り返る。

 そこには怯えて震えているミサとエルの姿。


「チッ……」


 俺が行くしかない、とガイは剣を握る手に力を込める。

 自らを奮い立たせるように大きな雄叫びを上げ、ハイオークに向かって駈け出した。


 策も技もない無謀な特攻。

 なにかを考える余裕もなく、ガイは剣を力任せに振りおろす――。


 だが、渾身の一撃はハイオークの大鎚によって簡単に振り払わる。


「なッ!?!?」


 ガイの顔が驚愕に染まる。

 一撃で倒せないまでも、それなりのダメージを与えられるはずだと思い込んでいたのだ。

 まさか、こんな簡単にあしらわれるとは思っていなかった。


 体勢を崩した無防備なガイに向かって、ハイオークがショルダー・タックルをぶちかます。


「ぐわッッ」


 巨体を誇るガイであったが、ハイオークの怪力は難なく弾き飛ばす。

 宙に浮いたガイの身体は数メートルも飛ばされ、ミサとエルを巻き込んで地面を転がった。


「「きゃあっ!」」


 今の一撃でガイのミスリル鎧にヒビが入った。

 たしかにハイオークの体当たりは強烈な一撃だ。

 しかし、本来ならミスリル鎧にヒビを入れるほどではない。

 ここ最近、手入れをしていなかったのが原因だ。

 資金が底をつきかけ、「修理液リペアリキッド」を買う余裕もなかったのだ。


「ううぅぅ」


 脳が揺れ、視界はグラグラと定まらない。

 それでも、ガイは懸命に震える足に力を入れる。

 だが、なんとか立ち上がったときには、眼前にハイオークが迫っていた。


「ひっ……」


 怯えるガイに向かって横に払われた大鎚がガイの胴体をとらえる。

 もろに直撃したガイは、鎧のひしゃげる音とともに。再度、地に倒れた。


 前衛を失ったミサとエルにハイオークが肉薄する。


「きゃあああ」

「ヤメてくださいーー」


 為すすべもない二人に向かい、ハイオークは残忍な笑みを浮かべ、大鎚を高く振りかぶった――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 一方、別のハイオークと対峙する『双頭』の五人。

 銀髪の二人はハイオークに注意したまま、横目でガイたちの動きを確認する。


 二人の魔法職は立ち尽くし、ガイは無謀な特攻。

 とてもBランクの戦い方ではなかった。


「酷いですね」と長い銀髪のシニストラ。

「さっさと片付ける必要があるな」と短い銀髪のデストラ。


 そして、二人の声が重なる。


「「いつも通り。最速で倒す」」


 彼らは今まで数えきれないほどのハイオークを葬ってきた。

 時には複数体を同時に相手取って。

 ハイオーク攻略法はすでに確立している。

 後はそれを実行するだけだ――。


 最初に動いたのは斥候男。

 ハイオークの眼前に飛び出し、一身に注意を引き付ける。


 次いで回復職の女性が二人の銀髪に付与魔法をかける。


「――スピードアップ」


 青い光に包まれた二人は、猛スピードで回り込んで左右からハイオークを目指す。


 それを見て、魔法使いの女は詠唱を開始した――。


 斥候男はナイフを突き出し、ハイオークの気を引く。

 当てるつもりはない。

 牽制と時間稼ぎ――それが彼の仕事だ。


 斥候男しか視界に入っていないハイオークに向かって、左右から銀髪が剣を構えて迫る――。


「「――ダブルバインド」」


 重なる声とともに、二本の剣から魔力の鎖が伸び――ハイオークを雁字搦めにした。

 身動きが取れなくなったハイオークに向かって、詠唱が完了した魔法使いが魔法を放つ――。


「――ファイアトルネード」


 斥候男がタイミングを図って、横に転がって回避。

 その後を炎の奔流が通り抜け――無防備なハイオークを嘗め尽くす。


 豪火に包まれたハイオークは、悲痛な断末魔とともに消し炭となる。

 『双頭』はいつもと同じく、一部の隙もなく、最速で、ハイオークを倒し切った。


 だが、彼らはそこで油断したりせず、戦局を見回す。


「騎士の方は善戦しているよ」と長い銀髪。

「『断空の剣』は……ああ、ダメだな」と短い銀髪。


 二人の護衛騎士は長槍で見事な連携を見せ、ハイオークの接近を許さない。

 大したダメージこそ与えていないものの、時間稼ぎという役目はしっかりとこなしている。


 一方、ガイたち『断空の剣』は惨憺たる有様だった。

 ハイオークに突進したはずのガイは後ろに弾き飛ばされ、後衛のエルとミサを巻き込んで、三対一の乱戦状態。

 ガイの剣技ではハイオークの攻撃に耐え切れず、すでに三人とも血まみれのボロボロだった。


 戦況から判断すれば、不利な『断空の剣』の助けに入るべきだ。

 騎士たちはまだ余裕がある。


 だが――。


 かたや、国のため、民のため、身体を張り、命をかける護衛騎士。

 かたや、傲慢で、失礼千万、実力も伴わない、半端な冒険者。


 どちらを優先するか、考えるまでもなかった。


「まあ、死ぬことはないだろう」と短い銀髪。

「早く終わらせちゃいましょう」と長い銀髪。


 護衛騎士たちが牽制しているハイオークの背後に向かって、二人の銀髪は駆け寄る。

 スピードアップのバフはまだ効いており、風を裂いて疾駆する――。


 その間、魔法使いが詠唱を始めた。

 ファイアトルネードはリキャストタイムが残っているので使えない。

 代わりに放ったのは――。


「――サンダーショック」


 雷が伸び、ハイオークを絡めとる。

 その硬直に二つのなびく銀髪が迫る。

 二本の剣が背後から突き刺さり、心臓を貫かれたハイオークは絶命した。


 ハイオークの命を奪った二人の剣技はスキルではなかった。

 鍛え抜かれた剣撃だ。

 これぞ、Bランク冒険者の本領。

 スキルに頼り切りではない、地力を見せつける戦い方だった。


 剣を死体から引き抜いた二人は、最後の一体に視線をやる。

 視線の先では、『断空』の三人がボロ切れのように横たわっていた――。

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