第4章 新パーティー結成

第36話 断空の剣5:メルバ行き高速馬車

 ――レントがメルバの街にいることをガイたちが知った日。


 彼ら三人は急いで荷物をまとめ、残り少ない資金をはたいてメルバ行きの高速馬車に乗り込んだ。

 レントが使用した普通馬車だとメルバまで二週間かかる道程も、高速馬車だと一週間だ。


 一日でも早くと、気がくガイたち。

 手続きを済ませると、護衛騎士たちに「キミたちせいぜいよろしく!」と上から見下す挨拶をし、馬車に乗り込んだ。


 馬車内には十数人の乗客。

 五人組冒険者パーティーがひとつ。

 残りは商人や旅人など、戦いを生業としない者たち。


 最後部の席は一番の人気席だ。

 後ろが開いているせいで、風通しもよく、外の風景を眺めることができる。

 通常、この席は乗客の中で一番強い者たちが座るのが暗黙の了解だ。


 そして、ガイたちが乗り込んだ時、そこを占めていたのはBランクパーティー『双頭の銀狼』だった。

 『双頭の銀狼』はその名が指し示すように、双子の銀髪剣士デストラとシニストラ率いるパーティー。

 冒険者歴十年目のベテラン五人組だ。


 ガイたちと同じBランクとはいえ、実績も信用も桁違い。

 いくら粗野で乱暴者揃いの冒険者でも、彼らには皆、一定の敬意を払う。

 だが、ガイの取った行動は――。


「おい、どけ。そこは俺たちの席だ」


 『双頭の銀狼』なぞ、いつまでもAランクに上がれないボンクラども。

 キャリアは上でも、実力は自分たちの方が上――そう思い込んでいるガイは、喧嘩を売っているも同然の態度だ。

 ミサとエルも同じようなナメた視線を向けている。


 その失礼千万な振る舞いに『双頭の銀狼』の一人、斥候職の男が剣呑な空気を纏って立ち上がりかける。

 馬車の中でなければ腰の短剣を抜きかねない勢いだった。


「まあまあ、落ち着けって」


 短い銀髪のデストラが男をなだめ、落ち着かせる。


「じゃあ、ここはキミたちにお任せするよ」


 長い銀髪のシニストラがあっさりと折れ、立ち上がる。


 リーダー二人が席を譲ると、他の面々もそれに従った。


 気にかけていない回復士。

 軽蔑の眼差しの魔法使い。

 怒りを隠しもしない斥候。


 それぞれだったが、リーダーの命令は絶対。

 残りの三人も黙って移動する。


「ふんっ。腰抜けが」

「Bランク止まりが調子に乗っているんじゃないわよっ!」

「雑魚っちい方々は奥で震えていれば良いんですー」


 歯牙にもかけないガイの振る舞いに、ミサとエルも調子づく。

 レントのせいでイライラが最高潮に達しており、その怒りをぶつけられるなら、相手は誰でも良かった。

 ましてや、それが格上と評判の相手とあれば、より一層スカッとする。


 ミサとエルの間で株を下げていたガイだが、男らしい振る舞い――と二人は思い込んでいる――によって、少しは評価を取り戻したようだった。


 だが、三人の舐めきった態度も、銀髪の二人にとってはそよ風に過ぎない。

 二人とも作り物ではない笑みをたたえ、静かな湖面のようだった。


 ――馬車の最後尾席には二つの役目がある。


 ひとつは、冒険者としての序列を表す役目。


 ガイたちのように序列を気にする者にとっては、絶対に譲れない場所。

 周囲の評価こそ自分たちの価値である――そう思う彼らは自分たち以外が最後尾に座るのは許せない。

 そんな不届き者には、格の違いを見せつけてやる必要があった。


 そして、もうひとつの役目。


 それは――いざという時に誰よりも早く飛び出して、護衛騎士とともに乗客を守る役目。


 他人からの評価でしか自分たちの価値を測れないガイたちにとって、序列はなによりも大切だった。

 一方、「自分たちに恥じない生き方」に価値を置く銀髪の二人にとっては、序列などなんの価値もない。


 『双頭の銀狼』は序列を気にしてそこに座っていたのではない。

 力を持つ者の責務として座っていただけだ。


 他の乗客たち。

 そして、御者や馬車を守る護衛騎士。

 両パーティーのやり取りを見ていた者たちは、彼らに対してどのような評価を下したであろうか……。


 不穏な幕開けとなったメルバ行き高速馬車。

 この先に待ち構える不吉の予兆であった――。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 自らヘイトを稼いでいくスタイルのガイたちです。

 すぐに痛い目をみるでしょう。

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