第35話 リンカ勧誘(下)

「これで七回目なんです……」

「七回?」

「パーティーを追い出されたの……」


 ギルド近くの食堂に入り、飲み物と料理が運ばれてきた。

 手をつける前に、リンカが語り始める。

 まだ表情が硬い。


 昼時のピークは過ぎていたが、店内は陽気さを残していた――俺たち二人を除いて。

 いっそう暗い新月の夜。

 そんな重たい空気を振り払うように、俺は店内に漂う陽気さの残滓をかき集めて、表情筋に働きかける。


「とりあえず、食べよう」


 調子外れ極まりない声だったが、いつもより奮発した料理が補ってくれることを祈った。


 俺の笑顔か。

 胃袋に直接届く匂いか。

 どちらが通じたのか分からないが、リンカは小さく頷くと、料理に手を伸ばした。


「リンカは今後どうしたい?」


 彼女は口の中の物がなくなるまで咀嚼を続ける。

 ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて。

 空っぽになった彼女の口から出てきたのは諦め。

 お気に入りの人形を姉に取られた妹が感じる諦めだった。


「正直、今回のことで心が折れました。私の剣と同じように……」


 心折れては冒険者は続けられない。

 このまま引退してしまうのだろうか。

 クアッド・スケルトン戦で垣間見た彼女の剣技の片鱗。

 それが失われるのはもったいないと思うが、本人がそう決めたなら、誰も止められない。


「でも………………それでも、辞められないんです」


 心折れても立ち上がる――冒険者の強靭さだと思った。

 しかし、そうではなかった。

 続いたのは、魂を振り絞る痛切な苦しみ。

 顔を伏せたリンカは、かろうじてそれだけを絞り出した。


「私のギフトが、許してくれないのです……」


 神様からの授かりもの。

 そのギフトに彼女は囚われている。

 少し前までの俺と同じく。


「私は死ぬまで戦い続けなければならない――運命さだめなのです」


 彼女と俺の苦しみは別物だ。

 分かった気になるのは傲慢だ。

 俺が伝えられるのは、俺の思いだけだ。


「俺もギフトで苦労してきたんだ」


 リンカが伏せていた顔を上げる。


「そのせいで苦しんできた。パーティーから追放された。ギフトを恨んで恨んで、それでも――俺を救ってくれたのはギフトだった」


 リンカも同じように、いつかギフトが救ってくれる――そんな無責任なことは言えない。


「理由は分からないけど、リンカはギフトのせいで冒険者を続けるしかない。だったら、俺とパーティーを組まない?」

「でも、私なんか……」

「今はまだ詳しく話せないけど、俺のギフトは他人をサポートするものだ。俺なら、君の助けになれるかもしれない」

「私は弱いです。レントさんの足を引っ張るだけですよ」


 七回もパーティーを追放された。

 その記憶が、「どうせ今回もダメだろう」と彼女を諦めさせる。


「君は強くなれる。今まで君の価値を見出だせなかったヤツらを見返せるくらい、強くなれる」

「どうして、そこまで言えるんですか?」

「それも俺のギフトのおかげだ」

「…………」

「パーティーを組もうと言ったのは、君に同情したからじゃない。君にとってもメリットがあるが、俺にとってもメリットがあるからだ」

「レントさんにも?」

「ああ、君は強くなる。そして、俺はその見返りを受ける」

「見返り……」

「今すぐ信じろとは言わない。とりあえず、一日で良いから試してみないか?」

「……分かりました」


 リンカが儚げに微笑む。


「命を救っていただいたレントさんの言葉です。信じてみることにします」

「ありがとう。そして、よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして、俺とリンカはお試しでパーティーを組むことになった。


 話し込んだせいで、料理はすっかり冷め切っていた。

 作ってくれた料理人に心の中でわびる。


 冷めていても十分に美味しかった理由は、料理人の腕だけではないだろう――。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


 次回――『断空の剣5:メルバ行き高速馬車』


 新たな一歩を踏み出したレントたちに対して、同日の元パーティーは……。

 ぷちざまぁの始まりです。




   ◇◆◇◆◇◆◇


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