第32話 真の報告

「その必要はない」


 俺の声に皆の視線が集まり、騒がしかった空気がしーんと張り詰める。


「君は……レントか?」

「はい。お久しぶりです、ロジャーさん」

「さっきの言葉、どういう意味だ?」

「ロジャーさんのお気持ち、とてもありがたいです。いち冒険者として、深い敬意を覚えます。ですが――」

「まさか、君が救出に行こうってのかい?」

「いえ、そうではなく……」


 俺は近くのテーブルに魔石を置く。

 クアッド・スケルトンの魔石だ。


「それは……」


 ロジャーさんはすぐに理解したようだ。


「はい。クアッド・スケルトンの魔石です」

「君が?」

「はい」

「リンカという子は?」

「彼女は無事に救出しました」

「そうか、それは良かった」


 ギルド内に安堵の空気が流れる。

 そんな中――リンカのパーティーメンバーは違う反応を示した。


「うっ、嘘だ。リンカが無事なわけがないッ!」

「そっ、そうよっ! ちゃんと閉じ込めておいたものっ!」

「閉じ込めた?」

「あっ……、そっ、それは……」

「「…………」」


 失言してしまった魔法使いの女に、ロジャーさんが厳しい視線を向ける。

 射すくめられたネズミのように、女魔法使いはしどろもどろになる。

 なんとか言い訳をしようとしているが、ロジャーさんの重圧に女の口からまともな言葉は出て来ない。

 残りの二人も口をつぐんで、何も言えない。


「リンカ、もういいよ」


 俺が声をかけると、隣りにいるリンカが外套のフードを外した。


「りっ、リンカ……」

「うそっ……」

「…………」


 三人の顔は一瞬にして、幽霊でも見たかのように青ざめた。


「…………」


 リンカは三人を黙って睨みつける。

 下手になにか言うより、よっぽど効果的だ。


「その先は俺が説明しましょう――」


 俺が一通り事情を説明し終わると――。


「ほう」


 ロジャーさんの視線が三人をギロリと射る。

 先ほどの重圧が児戯に思えるくらい、殺気立った威圧。

 成り行きを見守っていた関係ない者まで、動きを止め、冷や汗を流している。


「「「ひっ……」」」


 三人は腰を抜かし、床にへたり込み、ガクガクと震える。

 リンカの話では三人ともDランク。

 その程度では、ロジャーさんの威圧に耐えられるはずがない。


 床から見上げる男剣士に向かって、ロジャーさんが歩み寄る。

 剣士は必死になって後ずさりするが、二人の距離は縮まり――。


 ――シッ。


 空気が裂かれる音。


 俺が気づいた時には、ロジャーさんの剣が男の顔に触れるか触れないかの位置で止まっていた。

 男の頬から赤い血が一筋流れ落ちる。


 ほとんどの者はその動きを見えなかっただろう。

 ぽっかりと口を開けて固まっている。

 平静なのは『流星群』の面々くらい。

 汚物を見るように三人を見下ろしていた。


「ろっ、ロジャーさんっ、それ以上は……」


 一番最初に動いたのは女性職員だった。

 ロジャーさんと三人の間に割って入る。


「フンッ――」


 ロジャーさんは興味をなくしたのか、剣を引いて床の三人に背を向ける。

 そして、俺の顔を見て――。


「レント、明後日の夜、空けておけ」


 一方的に言い放つと、俺の返事も待たずに入り口に向けて歩き出した。


「おいっ、気分直しだ。狩りに行くぞ」


 その背中に『流星群』のメンバーも従う。


「レントちゃん、元気にしてた?」

「なにかあったようだが、まだ折れてないみたいだな」

「おひさ〜」

「頑張れよっ!」


 面々は俺に声をかけると、そのままギルドから出て行った。


 相変わらず、こっちの都合なんかお構いなしだ。

 だけど、なぜかそれが無性に嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る