第30話 捨てられた少女剣士

「一息つこうか」

「…………はい」


 バッグから水筒と木製のカップを取り出し、「クリエイトウォーター」で水を注ぎ入れる。

 【生活魔法】と呼ばれるスキルで使える魔法のひとつだ。


 基本的にスキルはギフトによって与えられるものだ。

 しかし、例外的に【生活魔法】は誰でも使えるスキルだ。


 コップ一杯程度の水を生み出したり、小さな種火を起こしたり、身体や衣類の汚れを落としたり。

 戦闘に使えるものではないが、ダンジョン攻略に限らず日常生活でも重宝するスキルだ。


 俺は水の満ちたコップを彼女に差し渡す。


「はいっ、どうぞ」

「ありがとうございます」


 彼女は手ぶらだった。

 おそらく、仲間が逃げる際に彼女の荷物まで奪っていったのだろう。

 彼女はしばらくコップを見つめ、やがて一息で飲み干した。

 水と一緒に、心に引っかかっている何かを飲み下したようだった。


 話ができる程度には、なっている。

 そう判断し、彼女に話しかける。


「俺はレント。今はソロで活動してるんだ」

「……リンカです。助けていただき、ありがとうございました。パーティーは……ははは、捨てられちゃいました」


 リンカという名の少女は、投げやりに、自嘲気味に、言い放った。

 もう、すべてがどうでもいい――そんな諦観が伝わってくる。


「ソイツらとは通路ですれ違ったよ」

「…………」

「アイツらは冒険者として、越えてはいけない一線を越えた」


 気に食わないメンバーを一方的に追放すること。

 心情的には許せないが、それでもギルドが定めたルールのうちだ。


 傷ついた仲間をおいて逃げること。

 気軽に見捨てるのは許されないが、最悪の場合、この手段を取らざるを得ない。

 生き残った者たちは一生、十字架を背負うことになるが、冒険者のモラルにも、ギルド規則にも反してはいない。


 だが――。


 仲間を無理矢理、囮にして、さらには、部屋に閉じ込める。


 これは絶対に許されないことだ。

 どうやっても、言い訳できない。

 冒険者のモラルにも、ギルド規則にも反する行いだ。

 俺と同じく、エムピーも俺の肩の上でむぅっと頬を膨らませてお怒りだ。


「どうして、助けてくれたんですか?」


 怪訝そうに質問を投げかけられた。

 リンカの疑問も当然だ。


 ダンジョン内では不干渉。

 なにかあっても自己責任。


 ――それが大原則だ。


 それなのに、俺がリンカを助けた理由。

 それは――。


 エムピーに言われたからかもしれない。

 単なる自己満足かもしれない。

 格好つけたかっただけかもしれない。

 下心があったのかもしれない。

 彼女に自分を重ねたのかもしれない。


 どれも当てはまる気もするし、どれも違う気もする。


「自分でも分からないんだ。考える前に、身体が動いていたんだ」


 リンカの瞳を真っ直ぐにとらえ、正直な気持ちを伝える。


「そう……ですか」


 クアッド・スケルトンは通常、第4階層に出現するモンスター。

 しかも、要所を守護しているモンスターで、第4階層の中でも強敵の部類に属する。


 本来、現れないはずのモンスターが現れる。

 ごくごく稀に――それこそ、ひとつのダンジョンで年に一度あるかないか――起こる現象で、イレギュラーと呼ばれている。

 イレギュラー相手に囮にされた最悪の事態だったが、助けられたのは不幸中の幸いだ。


「よし、そろそろ出発しようか。街まで一緒に戻ろうよ」

「いえ、そこまでしてもらうわけには……」

「気にしなくていいよ、俺のワガママだから。このまま別れて、キミに何かあったら、寝覚めが悪いからね」

「…………」


 一方的に言い放つと、俺は立ち上がる。

 このままここに留まっていると、リンカは負の感情に囚われてしまうだろう。

 それよりは、少しでも身体を動かした方がマシだ。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『偽りの報告』


 リンカのパーティーがギルドに報告する場面です。

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