第3章 出会い

第26話 メルバ大迷宮第2階層

 ――翌朝。


 右腕の違和感で目が覚めた。

 いつもより、少し早い起床時間。

 違和感の原因はエムピーだ。

 これまでも隣に寝ていたが、今はがっしりと俺の腕を掴んでいる。


 昨晩のあの行為で、なにかしら心境の変化があったのだろう。

 今もすやすやと寝息を立てるエムピーの顔を眺め、俺もエムピーに対する気持ちが変わったと自覚する。


 ギフト妖精はギフト保持者を支援する存在。

 中には道具や奴隷のような扱いをする者もいるらしいが、俺にとってエムピーは対等な相棒だ。


 ――それに、感謝もしている。


 追放され人間不信になりそうだった俺を救ってくれたのはエムピーだ。

 《無限の魔蔵庫》の使い方を教えてくれたのもエムピーだ。

 ヤツらへの復讐である【強制徴収】――それを最も効果的にしてくれたのもエムピーだ。

 冒険者としてやり直す道を示してくれたのもエムピーだ。

 魔力を運用して、俺が効率的に強化できるためのプランを考えてくれるのもエムピーだ。


 そして――。


 今日はなにをしよう、と気持よく朝を迎えられるのもエムピーがいるからだ。


 短い付き合いではあるが、すでにもう、いなくてはならない大切な相手だ。

 俺にしか見えない姿だけど、もし可能なら、みんなに見せびらかしてやりたい、自慢のパートナーだ。


 起こさないように注意しながら、そっと銀髪を撫でる。

 くすぐったかったのか、虹色に透ける羽がわずかに揺れた。

 穏やかな寝顔――その口元が緩んだ気がした。


 ――ファーストキスだった。


 相手がギフト妖精なので、カウントしていいのか悩ましいところではあるが、俺にとっては紛れもなくファーストキスだった。


 幼馴染のミサとは将来を誓い合った仲だったが、恋人らしいことは一切しなかった、というか、させてくれなかった。

 いつもいつも「そういうのは、結婚してからにしたいの」と、はぐらかされていた。

 馬鹿正直だった俺は、「私を大切にしてくれてありがとう」という言葉に騙され、なにもしないことが愛情だと勘違いしていた。


 間違いに気づいたのはミサがガイに乗り換えた後だった。

 最初は怒り、喪失感に苛まれ、自分が否定されたことに耐え難い苦痛を感じた。

 しばらくして彼女の思惑を悟った後は、自分の間抜けさ加減に呆れるばかりだった。


 今はそれで良かったと思える。

 あのまま騙され続け、偽りの愛に囚われたままでいるよりは、よっぽどマシだ。


 俺を好きと言ってくれる相手が好きだっただけだ。

 本当に大切な相手が出来て、それが分かった。


 それを教えてくれたのが――エムピーだ。


 恋愛感情ではないかもしれない。

 人間に対する愛情とは違うのかもしれない。


 だが、エムピーの穏やかな寝顔を見ていると、心が癒やされ、今日の活力が湧いてくる。


 ――それだけで、十分に幸せだった。


 知らず知らずのうちに、撫でる手に力が入ってしまったようだ。

 エムピーが身体をもぞもぞと動かし――ぱちりと目を開けた。


「マスター、おはようございます〜」

「おはよう。起こしちゃったみたいで、ごめんね」


 俺の謝罪に、エムピーはふるふると首を横に振る。


「マスターに撫でられながら起きるなんて、最高の朝です〜」

「なら、良かったよ」

「はいです〜」

「じゃあ、支度しようか」

「おっけーです〜!」


 用意と朝食を済ませ、ダンジョンに向かう。

 昨日の攻略で第1階層が余裕すぎた。

 今日は第2階層へ挑戦だ。

 第2階層の推奨ランクはEランク。

 出現モンスターもそれに合わせて強くなっているが……。


「まだまだ余裕だね」

「ざこざこです〜」


 ファイアボール一発で死なない敵も出現するようになったが、連発できる俺にとってはなんの問題もない。


「まあ、今日はこのフロアで色々試してみよう」

「がんばです〜!」


 結局、この日は第2階層でモンスターと戦いまくった。

 数多く倒すことより、戦闘のトレーニングを意識して戦った。

 ファイアボールの力押しも立派な切り札のひとつだが、まだ敵が弱いうちに攻撃手段を増やしておきたい。

 今の俺は、短剣一本で戦うこともできるし、ファイアボールと短剣を組み合わせて戦うことも出来る。


 一日かけて練習し、それなりに洗練された動きができるようになった。

 もう、このフロアに用はないな。


「明日は第3階層に行ってみよう」

「はいです〜」

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