第25話 エムピーへのご褒美

「あのう……そろそろ……」

「あっ、ごめんごめん」


 話に夢中になってて、エムピーに魔力をあげるのをすっかり忘れていた。

 四枚の羽をはためかせ、俺の顔の高さで浮かぶエムピーが待望の目を向けてくる。

 待ちきれないとばかり、うずうずしているエムピーが健気けなげでいじらしい。


「それで、どうすればいいんだ? 【魔力貸与】でいいのか?」

「それでもいいのですが……」


 恥じらうように頬を赤く染める。

 可愛らしさにふわっと心が揺れた。


「できれば……直接接触を希望します〜」

「直接? 手でも握ればいいの?」

「いえ……もしマスターがよろしいのであれば……ここに」


 ちょんちょんと細い指が指し示したのは、可憐な唇。

 ドキリと心臓が大きな音を立てた。


「えっ!? それって、つまり……」


 その先は言葉にしなかったが、しっかりと伝わっていた。


「はいですぅ〜」


 期待するように正面で組まれた両手。

 すべてを委ねるように閉じられた目。

 餌を求める雛のように、ちょこんと突き出された唇。


「…………わかった」


 彼女の今までに報いるため、俺も覚悟を決めて近づく。

 透き通った羽が動きを止めた。


 お互いの息を感じられる距離。

 カチコチに緊張した身体。

 ふっと流れ込むお花畑の香り。


 荒れ馬のように暴れる心臓をなだめながら、俺も目を閉じる。

 穏やかな水面に垂れる滴の音――彼女の心音を聞いた気がした。


 口先を伸ばし、桃色の花弁にそっと触れる。

 彼女の体温が一点に凝縮され、優しく伝わってきた。


 この後どうすればいいのかは、身体が知っていた。


 はらの下に意識を集中させ、身体中を巡っている魔力の流れを収束させてから、小さな魔力の塊を唇から受け渡す。


「あっ」


 彼女は吐息を漏らし、身悶えする。

 可愛げに丸まった頭が揺れ、絹糸よりも細い銀の毛束にそっとくすぐられ、頬がざわめいた。


「〜〜〜〜〜〜」


 声にならない声が喉を震わし、彼女の意志を離れた羽は乱れ、儚げな体躯は波をうち、つま先までピンと伸びる。


 短い時間は果てしなく引き延ばされたが、唇を離すと一瞬だったことを知る。


 途端――糸の切れた操り人形のように落ち始める。

 俺は両手を伸ばし、優しく受け止めた――。


 エムピーが目を覚ましたのは、それから十分ほど後だった。


 ベッドに横たわるエムピーがまぶたを開ける。

 目が合うと、羞恥に顔を赤く染め、照れたように視線を逸らした。


「はしたない姿をお見せしてしまいました〜」

「そんなことない。可愛かったよ」

「はきゅ〜〜〜」


 ベッドに顔をうずめ、足をバタバタさせる。

 しばらくそうして落ち着いたのか、やがてこちらへ顔を向けてきた。

 風呂あがりのようにだった顔で、満ち足りて緩みきった表情だ。


「マスターの魔力、最高でした〜」

「喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」


 俺の言葉を聞いたエムピーは、小さな羽を精一杯動かして、俺の顔に飛びつく。


「マスター、ありがとうございました〜」


 耳元の囁きと、頬への軽い口づけ。

 エムピーなりのお礼だろう。


「そんなに喜んでもらえるなら、もっともっと稼がないとな」

「マスター……」

「よしっ、決めたっ! これからいっぱい魔力を稼いで、いっぱいいっぱいエムピーにお返しするんだ」

「はうぅ〜。マスターのために使うべき魔力を、私欲のために浪費するこの罪悪感。たまらないです〜」


 そんな事を言いながら、エムピーは蕩けきった――。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 レントへのご褒美回だったかもしれません。


 今回で第2章『メルバの街』完結です。

 次から第3章『出会い』の始まりです。

 ヒロイン登場です。


 次回――『メルバ大迷宮第2階層』


 まだまだ楽勝フロアです。




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