第16話 メルバ初夜

 エムピーに癒やされながら街を歩き、適当な安宿に転がり込む。

 《無限の魔蔵庫》のおかげで魔力だけは潤沢だが、懐は心許ない。

 馬車代でかなり出費したし、今後の見通しもたっていないので、ここは倹約だ。

 安宿暮らしは慣れているし、エムピーも特に気にした様子はなかった。


 宿屋の食堂で簡単な夕食をエムピーと分け合う。

 ありふれた肉料理だったが、初めての体験であるエムピーは感激しきりだった。

 なにせ、旅食の定番――干し肉と薄いスープに硬いパンも「おいしい、おいしい」と連呼していたくらいだ。

 見るもの、食べるもの、すべてが新鮮なのだ。


 ちなみに、本来、エムピーたちギフト妖精は食事を必要としない。

 主人である俺の魔力を微量消費するだけで十分なのだ。

 飲食は娯楽。それもとびっきりの娯楽らしい。


 大した出費ではないし、明らかにそれ以上にお世話になっているので、エムピーには「遠慮しないで」と伝えてある。

 エムピーの笑顔が見れるなら安いもんだ。


 夕食を済ませた俺たちは部屋に移動する。

 シングルベッドが部屋の8割を占めている、狭い一人部屋。

 今夜寝るだけの場所なので、これで十分だ。


 ベッドに腰を下ろし一息つくと、エムピーが話しかけてきた。


「マスター、ひとつ、マスターのご意思を確認しておきたいのですが――」


 エムピーはいつもの笑顔を引っ込め、真剣な表情だ。

 この顔は、大切な話をするとき。

 俺も気を引き締める。


「なんだい?」

「《無限の魔蔵庫》があれば、魔力運用するだけで全てが手に入ります」

「…………」

「強さも、お金も、名誉も。マスターの代わりに魔蔵庫が、すべて稼ぎ出してくれます。文字通り、マスターは寝ているだけでいいのです」

「…………」

「冒険者は危険な職業です。いくらマスターがどこまでも強くなれるとはいえ、命を守れる保証はありません。あえて危険な道へ飛び込む必要はないと思うのですが……」


 俺のことを心配してくれている気持ちがひしひしと伝わってくる。

 エムピーは本当に――本当に俺のことを気にかけてくれる。

 俺にはもったいないくらいの相棒だ。


 だけど、俺の気持ちは決まっていた――。


「たしかにエムピーが言う通りだろうね。エムピーが挙げたものは、このギフトで全て手に入るんだろうね。わざわざ危険を冒す必要はなにもない」

「でしたら――」

「それでも、俺が本当に欲しいものは手に入らないよ」

「マスターがおっしゃる『本当に欲しいもの』、それはいったい?」

「冒険だよ――」

「冒険……ですか?」

「危険を冒して、自分の力で手に入れる、自分だけの冒険。それこそが俺が一番望むものだよ」


 エムピーは本気で俺のことを考えてくれる。

 そんな彼女に恥じないよう、俺は真摯に本音を伝えた。


 冒険者――。


 冒険者になる者の動機は様々だ。


 一攫千金を夢見て。

 荒事でしか、身を立てられないから。

 誰かを救いたくて。

 手に入れたいアイテムがあるから。

 古代遺跡の謎を知りたくて。

 歴史に名を残す英雄となるため。


 俺は、ただ、ワクワクと心躍る体験がしたいんだ。


 見知らぬ風景。

 手に汗握るモンスターとの戦闘。

 宝箱を開けるときのドキドキ。

 強くなっていく自分。

 信頼できる仲間たち。


 それを求めて、冒険者になったんだ。


 【魔力貸与】というサポート役しか出来なくても……。

 直接戦闘が出来なくても……。

 だんだんと役に立たなくなっていっても……。


 それでも、諦めることなく、冒険者という生き方にしがみついてきたんだ。

 そして、《無限の魔蔵庫》を手に入れた俺は、もう一度冒険者をやり直す機会を与えられた。


 常に危険と隣り合わせ。

 今日、人生の幕を下ろすかもしれない。

 それでも――。


「死ぬ直前までワクワクしていたい。だから、俺は冒険者を続けるよ」


 しっかりとエムピーの目を見て、真っ直ぐに伝える。

 エムピーも俺をしっかりと見据える。

 そして、大きく目を開き、頬を緩ませる。


「マスターの心意気、しかと理解いたしました。マスターの歩む道、少しでもお役に立てるよう、不肖エムピー出来る限りのサポートをしてみせましょう」


 エムピーは言い終わると、ペコリと頭を下げた。


「ああ、こちらこそ、ヨロシクね。頼りにしているよ」

「はいっ!」

「それに――俺なりの生き様。隣でしっかりと見届けて欲しい」

「よろこんでっ!」


 たった一人での再出発。

 エムピーが隣にいてくれるおかげで、俺は力強く第一歩を踏み出せる気がした――。

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