第15話 メルバの街

 ――夕方。


 俺たちを乗せていた馬車は、予定通りメルバの街に到着した。

 馬車を降りた俺はエムピーを肩に乗せたまま、宿屋街を目指す。


 この街には以前、二年ほど滞在していた。

 だから、街の地理は大体把握している。


「へ〜、ここが大迷宮のあるメルバの街ですか〜」


 エムピーはおのぼりさんみたいに、キョロキョロと見回しては目を輝かしている。

 馬車から見える、なんてことない風景にも感動していたエムピーだ。

 猥雑だが活気のあるこの街は、彼女にはとても刺激的なのだろう。


「あれ、なんですか〜?」

「教会の時計塔だよ。街中どこからでも、時間が分かるんだ」


「あの人、獣人ですね〜。初めて見ました〜」

「この街はいろんな人種が集まってるからね」


「マスター、いい匂いがします〜」

「ひとつ、買っていこうか」


 気を引くものがあれば、指差して俺に尋ねる。

 こんな隙だらけの姿を見せていたら、格好のカモだと思われ、良からぬ輩が寄ってくるものだ。

 だけど、エムピーの姿は俺以外に見えないので、なんの問題ない。


「エムピーは物知りだと思っていたから、意外だったよ」

「私が詳しいのは魔力運用についてだけですよ〜。それ以外はからきしです〜」


 もぐもぐと口を動かしながら答えるエムピーはといえば、自分の身体と同じくらいのサイズのイカ焼きと格闘中だ。

 手も顔もソースでベトベトにしながら、必死でかぶりついている。

 顔の横でそんなことをやられるもんだから、ソースが焦げた匂いが鼻腔をくすぐり、俺の腹も音を立てる。


「へへっ。マスターも一口いかがですか?」

「いいの?」

「はいっ! さすがに食べきれないです〜」

「じゃあ、俺も一口もらうよ」

「はいっ、あ〜〜〜〜んです〜」


 このイカ焼きは、匂いにつられて屋台に向かって飛んでいったエムピーのために買い与えてやったものだ。

 俺はコリコリした下足ゲソが好きなのだが、エムピーが気に入ったのは柔らかい耳――一番上の扇型の部分――だった。


「もちもちで美味しいです〜」

「ほら、ソースついてるよ」

「あっ、マスターのお手を煩わせるなんて……」

「これくらい良いって」


 エムピーはどうやら俺を主人として認識しているらしく、俺がなにかをしてあげると、このように謙遜しきりだ。

 だけど、俺としては散々お世話になっているので、むしろ、どんどん恩返ししていくつもりだ。


 顔を拭ってやると――。


「ありがとうございます〜」


 エムピーはポッと顔を赤らめる。

 ギフト妖精というのはもっと近寄りがたい崇高な存在だと思っていた。

 まさか、こんなに可愛くて親しみ深い存在だとはな……。


 俺一人だったら、追放されたことを引きずっていただろう。

 だけど、隣に愛くるしい相棒がいるおかげで、ずいぶんと救われた。


 ギフトが進化したことも嬉しい。

 ヤツらに復讐できることも嬉しい。

 どんどん強くなっているのも嬉しい。


 だけど、横を向けば笑顔が返ってくることが、なによりも嬉しかった――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 ちなみに、まさキチはゲソ派です。


 現代日本的なものは、「昔、転生者が流行らせた」という緩い設定ですが、作中には転生者は出てきません。

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