第5話 本来の目的

1 理想の相手


 美作綾はこの度の人事異動で、山岡警察署の刑事課へ配属となった。通常はあり得ない時期に配属しており、周りから見たら明らかに不自然であるが、これも美作の能力であった。

 美作の能力が具現化した姿は顔のみの形をしており、その顔も鬼の形相の形をしている。そして、能力も7人までであれば絶対服従させることができるという恐ろしい能力である。この力で既に人事権を掌握する幹部2名と山岡署長、刑事課長の4名は服従させている。それで刑事課に配属となったのだ。

 美作が刑事課員へ配属となった日、挨拶をするため刑事課の部屋に訪れる際に、念のため能力を発動させておいた。美作にとって危険だと思う人物がいた場合に絶対服従させるつもりだったからである。しかし、そこは美作が思ったほど殺伐としてはいなかった。それどころか、みんな笑顔で出迎えてくれたのだ。

「はじめまして、美作綾です。」

 美作は挨拶をしながら、課にいる刑事たち一人一人の顔を確認した。ただこれは、服従させるべき人間がいるかの品定めであった。神森の様に、同じ能力を持つ者がいるかもしれないという危険性については考えていなかった。

 次の瞬間、美作は神森と目が合った。容姿からすれば美作好みだったので、動きが一瞬止まってしまった。

(やばい、この人見た目は私のど真ん中じゃん。)

 対する神森は、能力を発動している美作を脅威と捉えていたが、そんな事とは知らない美作は気分が向上していた。

(あの人と一緒ならいいな。)

 その後、刑事課長が美作に宝塚を紹介した。

「今日から宝塚警部補の係に参加してくれ。宝塚警部補もくれぐれも美作さんをよろしく頼むよ。」

「はい。美作さん、よろしく。」

「よろしくお願いします。」

(うそっ、マジであの人の係になっちゃったよ。どうしよう。)

 続いて、宝塚の係の者たちも順次挨拶を済ませた。当然その時神森も挨拶をした。そして、宝塚が美作に向けて話しかけた。

「分からないことは誰でもいいので聞いてくれ。ただし、美作も早く仕事をこなせれるよう努力してもらいたい。」

「はい、分かりました。」

(神森さんっていうんだ。)

「美作については、神森と一緒に動いてもらうから」

 神森は驚いていたが、それ以上に美作が驚いていた。必死に表情に出さないようにしていたが、心の中では大声で悲鳴をあげていた。

「係長、そういうことは前もって言ってもらわないと。」

「忘れてたよ。」

「でしょうね。」

 神森は、うちに秘めた気持ちとは逆行して美作に優しく話しかけた。

「今日は特にすることないから、身の回りの整理をしたら帰っていいから。明日からよろしく頼む。」

「はい、よろしくお願いします。」

(優しいぃ。んもぉ神森さんが理想の相手だぁ。)


2 強者


 翌朝、美作が出勤すると、いきなり神森から声をかけられた。

「美作、こっちへ来てくれ。」

「あ、はいっ。」

 美作は神森の懐に飛び込む勢いで接近した。

「いや、それは近すぎる。もう少し離れてくれ。」

「あ、ごめんなさい。」

「着任早々悪いんだが、取り調べを担当してもらいたい。容疑者は母親の死後1年間、その亡骸を放置していた60代の女性だ。死体遺棄で捜査をしてたんだが、容疑が固まったので明日逮捕する予定なんだ。」

「い、いきなりですか。」

「美作はまだ警察官になって間がないよな。おそらく全部と言っていいほど、何をすればいいか分からないと思う。だけど、そこは俺らが全てカバーするから、思いっきりやればいいよ。」

「は、はい。」

(神森さん神対応。…でも不安でしかない。)

 神森は、不確定な美作の力量を見極める良い機会だと考え、宝塚に頼み込んで取り調べをさせるようにした。無理をしたのも、早急な対応が必要だと考えたからである。なぜなら、刑事課長の頭に変な花が咲いているのに気づいたからだ。その花は美作が来たときから生えており、他の誰にも見えていないのだ。推測するに、それは美作の能力で、他人の精神に干渉するものと思われる。そうなるとかなり厄介な相手となる。美作がここまで優遇されるのはその能力があるからと考えられる。それであれば、早いうちに困難な壁にぶち当たれば、嫌でも能力を使うと考えたのだ。


 翌日、予定通りに容疑者となる三谷夏生を逮捕して、美作が取り調べを始めた。そして想定通り、三谷は死後1年経過しているのに、気づかなかったなどと下らない言い訳をしていた。美作は自白させようとしていたが、数年間引きこもりを続けてきた三谷の屁理屈には敵わなかった。取り調べを終えた美作は落ち込んでいたので神森が声をかけた。

「元気出せ、初めてにしてはよくやってるよ。」

「あぁ、全然ダメダメですよ、私。」

「相手を自白させるのは、なかなか難しいよ。俺でも上手くいかないことがあるし。」

「えっ、そうなんですか。」

「そりゃそうだよ。でも、取り調べを任されたからには最善を尽くさなくてはいけない。そうでなければ事件の真相もわからないし、被害者も報われない。」

「そうですよね…。」

「逆にプレッシャーを与えてしまったな。とにかく最善を尽くしてみることだよ。それでダメだったとしても俺たちが何とかするから。」

「わかりました。」

 神森が美作に能力を使わせるため誘導した。上手くいけば目の前で能力を見ることができるからだ。そして、美作は非常に上手く乗せられていた。

(神森さんが応援してくれている。ここでミスは出来ない。仕方ない…今回はあの力を使うしかない。)


 次の取り調べのときに、美作は鬼の形相を発動させていた。神森は、悪い顔をしながら取り調べの部屋の外から中の様子を見ていた。部屋の中では、美作が三谷に問いただしていた。

「一年間お母さんを放置して知らなかったってのは通用しませんよ。本当のことを話して下さい。」

「知らなかったんだからしょうがないでしょ。」

「そうですか、わかりました。」

 すると、鬼の形相が口をもぐもぐさせ始めて、三谷の頭を目掛けて口から何かを飛ばした。その何かは三谷の頭で根付いて芽が出てきたかと思うと、やがて花を咲かせたのだ。神森はこれが美作の能力かと思いながら観察していた。頭に花が咲いた三谷はそれまでとは明らかに態度が変わった。

「じゃぁ、本当のこと言える。」

「はい、元々母とは同じ家にいながらすれ違いの生活をしていましたが、一年前に母さんの声がしなくなって、母の部屋から臭い匂いがするようになりました。これはもしかしたら死んだのかもしれないと思い、部屋を見ると母さんが死んでいました。でも、何かするのも面倒だと思ってそのままにすることにしました。」

「分かった。詳しく聞いていくから、質問に答えていって。」

「わかりました。」

 神森は、その様子を見て美作の能力が他人を操作できるものだと確信した。しかも、三谷の反応からもとても強力な力だということもわかった。


 美作の能力を確認した神森は考え込んでいた。最初から使えば三谷の取り調べも簡単だっただろう。だが、それをしなかったということは、何か理由があると考えたからだ。取り調べを終えた美作が報告のため、神森のところに近寄ってきた。

「神森さん、ようやく自白してくれました。」

「そうか、よくやった。すごいじゃないか。」

「いえ、神森さんからアドバイスをもらったおかげです。」

(やった、神森さんに褒められた。)

「係長にも報告してきてくれ。」

「はい。」

 美作は宝塚にも三谷が自白したことを報告した。神森は、その姿を見ながら美作について今後どう対応するか悩んでいた。当然、処分する訳にはいかないが、このまま放置していれば障害になる可能性が高い。味方にするという選択肢も考えたが、神森自らの思想を理解してもらえるとも思ってはいないから、引き込むことも難しいと考えた。悩ましいところではあるが、幸いにも美作は神森が能力者だと気付いておらず、行動を把握できる範囲にいる。それに、気になることもある。初めから三谷に対して能力を使えたはずなのに使わなかったことだ。もしかしたら美作の能力には何かしらの条件みたいなものがあるかもしれない。その条件がわかれば対策を立てることができる。それらを総合的に考えた結果、今は静観して観察することが一番ベストだという結論にいたった。

 宝塚への報告が終わった美作が再び近寄ってきた。

「係長が、私の歓迎会をして下さるようで、今日の夜とかどうかということなのですが。」

「いいね、是非行こう。」

「はい。」


3 急接近


 美作が配属されて1ヶ月が経過しようとしていたが、未だに神森との関係に進展がなかった。仲良くなったし冗談も言える仲にはなったが、それ以上の関係には発展しないのだ。それとなく会話をしていても、神森に彼女がいる気配もないので何ら問題はないはずなのだが、神森が全く食い付いてこない。最初は自分の父親が幹部だから萎縮しているのかと思ったが、そうではなかった。神森はもっと違う何かを見ているようで、異性との交際に興味がないように思えた。

 そんなある日、捜査のため2人で出かける時ができた。以前から捜査をしている傷害事件の犯人の行動を把握するため、犯人の尾行するというものだった。これはチャンスだと思った美作は、急接近するための心の準備をしていた。

「…っおい、聞いているか。」

「え、あっはい。」

「なにニヤニヤしてるんだ。頼むから仕事に集中してくれ。」

「すいません。」

(気持ちが顔に出てしまった。)

「被害者の話では、犯人は被害者の他にも交際相手が何人かいるらしく、浮気を問い詰めたところ逆にボコボコにされてるんだ。という事は、どういうことか分かるか。」

「いえ、全く。」

「いや、考えてないだろ。考えるふりくらいしてくれよ。…つまり、他にも被害に遭っている女性が他にもいるかもしれないんだ。」

「許せないですね。自分の都合が悪くなったら暴力で解決しようとするなんて。」

「…そうだな。」


 神森たちは、犯人の男が住むアパートの近くまで到着した。被害者の話では夜の仕事をしているので、外出するとしても昼からだということだ。男のアパートが見える位置にちょうどいい喫茶店があったので、神森たちはその喫茶店から様子を伺うことにした。

「なんか、いいんですかね。お茶しながら仕事なんて。」

「なんかだか嬉しそうだな。でも、いいんだよ。ここから長く続くかもしれないし、今のうちに体力を温存しておかないとな。」

「神森さんは、休日とかにこういうところに来たりしますか。」

「いいや。」

「私も来ませんが、映画とか好きなのでよく一人で見に行ってます。」

「喫茶店から映画館に話が変わってるけど。というか、なんか楽しそうだな。」

「いえ全然。仕事ですから。」

「そ、そうか。」

 神森たちがしばらく会話をしていると、犯人の男に動きがあった。男がアパートを出て、歩いて何処かに向かい始めたのだ。神森たちも男の後を追い始めた。


 尾行を続けていると、男は山岡市の繁華街まで行き公園の前で立ち止まった。そして携帯電話を見ながら立ち尽くしていた。

「何をしてるのですかね。」

「待ち合わせか、時間を潰しているかだな。」

 間もなくして若い女性が男に近寄って行き、何やら話を始めた。おそらく男の交際相手の一人なのだろう。少し会話をすると男たちは一緒に歩き始めた。神森たちも再び男の尾行を始めた。5分くらい歩くとホテル街に到着し、男たちはその中の一つのホテルに入って行った。

「ちょっと接近するぞ、急いでくれ。」

「えっ、ここは」

 少し戸惑ったが、これもチャンスだと思い神森に続いて屋内に入って行った。中に入るとフロントに男たちが入室の手続きをしていた。少し離れて神森たちは男たちの会話を聞くことにした。神森は小声で侘びを入れてから美作の手を握り、携帯電話の画面を見るふりをした。

「あまり見ないように、自然な感じで頼む。」

「は、はい。」

 すると、微かに男たちの会話が聞き取れた。どうやら女の方も夜の仕事をしているみたいで、仕事に行く前に2人で落ち合っているということみたいだ。そして下の名前だが、女の名前もわかった。入室の手伝いを終えると、男たちは部屋に向かっていった。

「2時間の休憩にしていたな。もういい、あとは外で待つとしよう。」

「となりの部屋が空いてるみたいですよ。」

「いや、そこまでは…」

「部屋の中で暴力を振るっている可能性がありますよ。」

「それもそうなんだけど。」

「とりあえず、入ってみましょう。」

 半ば美作に押し切られる形で、男たちが利用している隣の部屋へ入っていった。


4 虎穴


 数日後、予定通り男を逮捕したが、何故か被害者が示談に応じたことにより起訴されず、男は釈放となった。先日ホテルへ一緒に入って行った女についても、ひどく暴力を振るわれているようだったが結局被害の届け出をしなかった。別の交際相手も男の復讐を恐れているのか、被害を届け出る者は一人もいなかった。そして、ようやく神森の本当の仕事が行われることになった。

 男が夜明け前に自宅に帰ると、いきなり金縛りに襲われた。実際のところは、巨大なゴツゴツした右手で全身を握られており、身動きが取れなくなっているのだ。男はパニックになったが、声も出すことすらできなかった。神森は部屋の中に潜んでいたが、今回は命を断とうとは思っていなかった。女たちは暴力と精神的支配を受けていたが、どれも男を極刑処する程度ではなかったのだ。だから、姿を見せることなく隠れたまま能力を使った。男はゆっくり歩き出してベランダに出た。あらかじめ窓は開けておいたのだ。男は混乱しながらも、この後の自分がどうなるか想像がついたのか、怯えた表情を見せていた。そして、2階からそのまま落下していった。

 ゴツゴツした右手で握りしめたまま落としたことから、下手をすれば死に至るかもしれないが、神森としては、それは男の運だと考えていた。神森は確認をせずに立ち去った案の定、男は生きていたが重傷を負った。


 神森が裏の仕事を終えて出勤すると、美作が既に出勤していた。

「おはようございます。」

「おはよう。」

「神森さん、聞いてください。今朝早くにあの暴力男が自宅の2階から落下したみたいですよ。」

「なんで2階から落ちたんだ。」

「それはよく分からないのですが、自宅のベランダからなので、事故か自ら落ちたのだと思います。」

「生きてるのか。」

「重傷ですが、生きているみたいです。現場で対応した者が言うには、自殺を図ったかもしれないということですが、自殺をするような人間ではありませんから、私は事故だと思いますよ。自分の彼女を力で押さえつけきたのですから、バチが当たったんですよ。」

「そうだな。俺もあいつが自殺を図るとは思えないな。」

 自分がしたことに反省するような人間であれば、神森は手を下していない。クズは放っておいても社会に淘汰されるが、勘違いをしたまま生き残る者もいる。そんなクズに何を言っても無駄だが、代償はしっかり支払ってもらわなければいけない。神森はそう考えている。

「それより、神森さん。土日のどちらか空いてますか。」

「事件が起きなければ空いてるけど。」

「じゃ、土曜日に私の家に来てもらえますか。」

「えっ、ど、どういうこと。」

「父が、私がお世話になってる上司にお礼をしなくてはいけないと言ってまして、連れて来て欲しいと言うのです。」

「美作のお父さんはお偉いさんだよね。かなり気が重いんだけど。」

「いえいえ気にしなくて大丈夫ですよ。」

「そりゃ、君は気にしないだろうよ。」

 神森は乗り気ではなかったが、反面、美作が能力を手に入れた経緯がわかるかもしれないと思った。そして、それがわかれば利用できるかもしれない。神森は躊躇しながらも回答した。

「い、行かせてもらうよ。」

「ほんとですか。よかった、最悪断られてもいいと言われてたけど。父が喜びます。」

「断ってもよかったのね…、じゃ土曜日にお邪魔させてもらうよ。」

「はいっ。」

 利用できるチャンスではあるが、神森にとって違った意味のリスクを負っていることに、この時は気づいていなかった。

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