第3話 弱者救済
1 正義の味方
弁護士鬼村剛は、現在山岡署の面会室で強制性交等罪で捕まっている容疑者と面会していた。
容疑者の名前は竹田雄二、24歳の会社員。比較的裕福な家庭で、欲しい物も買い与えてもらい、何不自由なく育ってきた。しかし、内気な性格で、特に女性に対するコンプレックスを抱えていた。そのコンプレックスが竹田の思想を歪ませていき、次第に抑えきれない性欲を生じさせていった。そして、成人して社会に出たことで、その性格も人を妬み僻み、さらには悪態をつくようなドス黒いものに変化していった。そして、今回の犯行に至った。
被害者は、山岡市内に一人暮らしをする女子大生であり、竹田好みの女性だった。偶然路上で見かけたことから、本能のままその女性の後を追った。自宅まで追って行ったが、さすがにどうすることもできずにその日は諦めた。しかし、日に日にその女性への気持ちが強くなり、竹田は犯行を決意した。女性の帰宅時を狙って刃物で脅し、女性の自宅に侵入し乱暴をした。竹田は自分の犯行で捕まることも想定していたところ、案の定、数日後、竹田方に訪れた警察によって逮捕された。ただ、竹田の中では両親が何とかしてくれると安易に考えた。すると、やはり思ったとおり両親が弁護士を用意してくれたのだと、鬼村に説明してくれた。
「わかりました。それじゃあ量刑が軽くなるように全力を尽くしましょう。」
「それじゃダメだろ、無罪にしてくれよ。」
「無罪って、実際に犯罪を犯したんでしょ。」
「いやいや、何のために雇ってると思ってるんだ。ここから僕を出すためだろ。ちゃんとしろよ。」
「…それでは、取り調べで何を話したかを教えてください。」
「何も言ってないよ。黙秘だよ。」
「わかりました。それでは定期的に来ますので、今後警察から何を聞かれたかなど教えて下さい。」
「はぁ、何言ってんだよ、すぐに釈放させるようにしろよ。役立たずだな…ぐっ」
竹田はいきなり苦しそうな顔をしたが、鬼村は気にすることなく話をした。
「いいですか、あなたが何もしていないのであればまだしも、実際に犯罪を犯しているのですよ。起訴されれば実刑はほぼ免れないでしょう。それならこちらも完璧に事を運ばないといけないのです。私のいうことを聞かなければどうなっても知りませんよ。わかりましたか。」
言葉も発されない竹田は必死に頷いた。すると、首を締め付けられるような苦しみが解けた。
「はぁ、はぁ、なんなんだよ。」
竹田は動揺していたが、すぐに我に返り鬼村へ念押しした。
「ったく、金出してるんだから、しっかりやってくれよ。」
「もちろんですよ。あなたの味方ですから」
2 示談工作
鬼村は、竹田から聞いた被害者の自宅に行き、そこで分かったアパートの管理会社に当たることにした。そして、鬼村は管理会社に行き、そこで担当者に被害者の情報を訪ねたが、当然教えてもらえなかった。
「弁護士だからって、なんでもしていいわけではないでしょうよ。」
「その通りです、ですから貴方の責任において、情報を教えてもらえたくて。」
「何言ってんだあんたは、ヤバい人だな。」
すると、話をしている鬼村の背後から白猿が現れて、管理会社の担当者の頭に触れた。この白猿の姿には鬼村以外には見えておらず、竹田の首を締め付けたのもこの白猿だった。
「やっぱり用意しますよ。」
頭を触れられた担当者は思い直したかのように、被害者の情報を鬼村に提供した。担当者を変化させたこの白猿こそ、軽度に人の精神を支配する鬼村の強みであった。
担当者から得た情報から被害者の父親が分かったので、父親など親族に会いに行くことにした。ただし、会いに行くといっても直接の接触は避けて、様子を伺いに行くということだった。被害者側の出方を探って対策を練るためだ。調べてみたところ、被害者の親族は案の定、民事的にも訴訟を起こすつもりであった。大切な娘を犯罪者によって汚されたのだから、当然と言えば当然なことだ。この状況を踏まえて鬼村は少し考えていた。
(慰謝料で示談できるのであれば、まだ手はありそうだな。問題は、竹田家の資産状況と切り出すタイミングだな。あとは、猿を使えば何とかなりそうだな。)
被害者側に訴えを取り下げさせれば鬼村の勝ちである。向こうの弁護士についても判明したので、鬼村から慰謝料についての水を向ければ、上手く事を進めることができる。被害者側の感情さえもコントロールできる白猿を使えば、まるく治るシナリオを鬼村は思い描いていた。ただし、資金があっての話であるから、とりあえず竹田の両親に会いに行くことにした。
鬼村は、竹田の家に着くと早速示談の話を切り出した。
「被害者側の動向を確認したのですが、おそらく慰謝料を請求しようとしていまして、それで…」
すると、鬼村の話を遮って竹田の両親が怒り始めた。
「何言ってんだ、雄二が強姦なんてする訳ないだろ。図々しいにもほどがある。」
「そうですよ、あの子がそんな酷いことをするはずありません。どうせ、同意があったのに後から乱暴されたと、慰謝料払えと言ってるのですよ。」
親として子供を信じてあげることは大切だが、ここまで馬鹿なことを言われると、さすがの鬼村の呆れてしまった。そこで、早速白猿を使って依頼主たちを操作することにした。
「それでは、資産的なものを全て教えて下さい。」
鬼村に操作された竹田の両親は、自らの資産について語り始めた。資産を列挙すると、①預貯金2400万円、②不動産時価5000万円、③投資額3000万円とその他雑多な資産であった。想定より資産があったので、依頼主側の問題はなくなった。残すは被害者側だけとなった。
3 想定外
翌週、鬼村は山岡署に訪れて竹田と面会をしていた。
「弁護士さん、どうなってんだよ。まだ何もしてないのかよ。」
「いいえ、ちゃんと準備はしています。そういえば被害者側が話し合いの機会を設けてくれました。慰謝料の請求があればこれに応じてきますね。」
「おいおい、お前は余計なことしてるんじゃないぞ。なんとかしろよ、お前の仕事だろ。」
「いやいや、親御さんに慰謝料を支払ってもらうのですよ。」
「なに金を払おうとしてんだ。それじゃ認めてるようなもんだろ、無罪になるようにするんだろ。役立たずが、がぁ…」
再び、鬼村は白猿で竹田の首を絞めた。
「いいですか、裁判になって争うよりも、裁判になる前に示談できて、且つ、訴えを取下げさせれば勝ちなのですよ。お金は無くなりますが、あなたのお金ではなくご両親のお金ですし、高い授業料を払ったとでも思って下さい。」
白猿が首から手を離した途端、竹田の苦しみが消えた。
「とりあえず、私の言うとおりにしていて下さい。そうすれば万事解決ですよ。」
後日、鬼村は竹田の父親を連れて、被害者の父親と相手側の弁護士に接触した。場所もあえて相手側の弁護士事務所になるよう仕向けた。
「この度は、息子が娘さんを傷つけてしまい申し訳ありませんでした。」
竹田の父親には、白猿の効き目は絶大だった。
「謝って済む問題じゃないんだよ、これは。本当に許されない、何とかできると思うなよ。」
被害者の父親からは殺意のようなものも感じられたが、鬼村は慰謝料の話を切り出した。
「こちらとしましても、誠意を尽くす所存であります。慰謝料につきましても誠心誠意で対応させていただきます。」
「こちらが慰謝料の話をするとでも思ったのか、外道どもが。」
「えっ。…と言いますと。」
「私が代わりに説明しましょう。」
相手側の弁護士が間に入ってきた。
「被害者のお父様の会社と、竹田さんご本人が勤めている会社は、偶然にも下請けと元請け関係にあります。今回の事件が発生した後に、竹田さんが元請け会社に対して水増し請求をしていたことが発覚したのです。」
「つまり、竹田さんが元請け会社に対して不正請求をしていたということですか。」
「そういうことです。そして、その金額も数百万円になるそうです。」
「ゆ、雄二がそんなことを…」
「証拠もあります。元請け会社との話もできていますので、この件でも刑事告訴をする予定です。」
この話を聞いて、鬼村は勘違いをしていたことに気が付いた。被害者側は慰謝料を請求しようとしていた訳ではなく、完全に竹田を潰すつもりでいたのだ。
「わかりました。それでは、慰謝料については応じていただけないということですね。」
「そういうことになります。」
「とりあえず、一度持ち帰って検討致します。ですが、こちらとしましては、いつでもご希望に応じる覚悟でございます。それだけは頭の隅にでも置いて頂ければと思います。」
そう話すと、鬼村たちは席を立った。帰り道で鬼村は舌打ちをした。竹田がどうしようもなく下衆であり、余計な仕事も作り出してくれたからだ。
4 円満解決
数日後、鬼村は結果報告のために竹田の面会に来ていた。
「全て解決しましたよ。ご両親には感謝して下さい。後は釈放を待つだけです。」
「時間がかかったな、まぁいいや。で、どうやったんだよ。」
「みなさんに誠意を見せただけですよ。それより、竹田さん。元請け会社に水増し請求していたらしいじゃないですか。」
「はぁ、何のことだよ。」
「(こいつシラをきるつもりか)まぁ、いいです。この件でも事件化されそうでしたが、ご両親の協力でなんとか丸く納めました。」
実際には白猿を使って、元請け会社には弁済による示談を成立させ、被害者側には慰謝料による示談を成立させたのだ。あくまでも誠意を尽くす姿勢を示すことで、円満解決であるかのようにみせたのだ。
「職を失いましたが、これで一からやり直せるでしょう。」
「まぁいいや。今回は初めてだったから仕方ないが、今度からはあんたみたいなやつじゃなく、仕事ができて安上がりな弁護士に頼むことにするよ。」
鬼村は必死に怒りを堪えた。おそらく鬼村でなければ、ここまで順調に示談を進めれていないだろう。竹田が愚かなせいで余計な手間までかかっている。それも分からず間抜けなことを平気で口にする竹田に殺意を覚えていた。しかし、2回も白猿で首を絞めたのに、竹田はその異変にも鈍感であったので、これ以上何かするのは無駄だと感じ、痛めつけさえも思い止まらせた。そして、足早に山岡署をあとにした。
後日、竹田は無事釈放されて、田島法律事務所は竹田の両親から高額の報酬を得た。そして、事務所では田島が鬼村を誉めていた。
「いやぁ、鬼村先生のおかげで予想以上の収益を上げましたね。やはり私の出る幕は無かったようですね。」
すると、事務員が田島の発言を指摘した。
「田島先生は最初から出る気なかったでしょ。」
「あ、こら。バラすんじゃないよ。」
「あぁ、いいんですよ。でも、今回の依頼は正直きつかったです。弁護する相手に金がなければ救う価値のないような人でしたから。」
「そういう人間も確かに少なくない。ただ我々も飯を食うていかなければならないからな。綺麗事ばかりやってはおれん。」
「わかっています。良い経験になりました。」
「うんうん。話は変わるが…、実は次の仕事があるんだよね。」
「また、鬼村先生に押し付けようとしてる。」
「だから、言うんじゃないよ。」
鬼村は苦笑いをして答えた。
5 因果応報
鬼村は、毎朝のコーヒーとトーストで気持ちを整えている。身だしなみをキメるのと同じ自分の法則であり、心の中でルールを決めることでメリハリをつけているのだ。
この日もコーヒーを飲みながら、地元の新聞を読んでいると、ある記事に釘付けになった。
「…なんでだ。」
記事には、竹田が死亡した内容が掲載されていた。死因は踏切に飛び込んだことによる自殺であり、遺書も発見されたというものだった。しかし、鬼村が接してきた中でとても自殺をするような人間ではなかったし、悪く言えば再犯の可能性があるような人物なので自ら死を選ぶとは考えられなかった。
数日前。
鬼村が山岡署へ初めて竹田の面会に来た際、刑事課の神森文政巡査部長は鬼村とすれ違っていた。鬼村が自家用の高級車から降りた際に、白猿を出してしまっていたのだ。鬼村の癖で常時白猿が使えるか確認しており、これを神森は見逃さなかった。ゴツゴツした腕を使える神森にも白猿が見えたのだ。神森も、自分と同じ能力を他の人が使えてもおかしくないと考えていたが、実際に直接見たことはなかった。だが、鬼村を見て確信した。人前で不用意にゴツゴツした腕を使うことを避けてきたが、それが正解だと分かり笑みが溢れた。
その後、同じ能力を持つ弁護士が、自分たちが担当する事件の弁護士だと知り、クズ処理計画を実行することにした。都合がいいことに鬼村が示談を進めており、それが分かると検察官にも消極的な意見を吹き込んだ。そして、竹田が示談を成立させると釈放された。
そこからは、竹田の家庭環境や資産状況を勘案した処分方法を考えた結果、公共交通機関に迷惑をかける方法で処分する計画を実行することにした。この方法では、関係する交通機関などや多くの一般利用者に迷惑をかけることになるが、その分、本人に対して恐怖を与えることができ、さらに遺族に対しても高額な損害賠償金という債務を与えることができる。神森は迷わず実行に移した。
実行日、竹田を捕獲するとスマートフォンを使い、強制的に両親へ遺書代わりのメッセージを送信し、電車のスピードが一番出ている踏切近くに連れて行った。そして、電車が来たタイミングで線路に横たわらせて処分した。想定どおり、運行時刻に支障が出て、竹田の両親は高額な賠償金を支払わなければならなくなった。竹田一家には最大の制裁を与え、被害者には金銭面での救済が行われたことで、全て神森の意のままとなった。
鬼村が出勤すると、田島が電話応対をしていた。
「それはお宅の息子さんが勝手になされたことでしょ。契約は無事履行されました。それを我々に言われても困ります。それでは、失礼します。」
田島は受話器を置いた。
「やぁ、おはよう鬼村先生。」
「今のは」
「あぁ、竹田の親だよ。息子が救われておらず自殺に至っているから契約に反しているって、だから金返せって。賠償金を払わなくてはいけないからってそれはないだろ。」
「追い詰められてるのでしょうね。」
「たまにいるんだよ、こういう阿呆が。自分たちのことを棚に上げて、何でも他人のせいにするやつ。今の世の中はこんな阿呆が多すぎるよ、まったく。」
すると、事務員が田島の発言を指摘した。
「田島先生、悪い部分出ちゃってますよ。」
「いけねぇいけねぇ。まぁ、お金はちゃんと貰えているし、鬼村先生は気にすることないよ。」
「えぇ。ただ、あの竹田がなんで自殺なんかしたのか不思議で…」
「鬼村先生、それは我々が悩むことではないよ。我々は今いる依頼主のことを考えて、全力を尽くさなければいけないのですから。」
「確かに、その通りですね。」
「田島先生、たまには良いこと言いますね。」
「たまには余計だよ。さぁ切り替えていこう。」
鬼村は、しばらく竹田のことを考えていた。竹田の自殺がどうしても考えられないからだ。考えられるとしたら被害者側に同じ能力を持った人物がいることだ。なぜなら結果として、被害者側にとって最良な形で終わっているからである。しかし、そうなれば自分が上手く転がされたことになる。鬼村はモヤモヤとしたが、単純に竹田が自分の考えを超えていっただけかもしれないので、これ以上考えることをやめた。だが、同じ能力を持つ人物がいる可能性は考慮しなければならないと痛感していた。
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