第13話 対決!ボスの名前は獣人メネア
「最果ての地にようこそ…ハンター達よ。」
目の前に獅子のたてがみに両手に鋭い爪を生やしている、筋肉質でがっちりした大男が待ち構えている。
「貴方がボス…ポンデシーサーね!」
「フフフ…お前達よく無事だったな。ハンター達の飛行船は俺の攻撃で沈めてやったぞ!」
ボスは腰に携えている矢筒から矢を取り出して、宙に投げると羽の生えた魚に変化した。
「それが遺伝子操作スキルね!」
「ハハハ…そんなこと教えられるか!直ぐに思い知らせてやる。さあ勝負だ!ハンターの残党め!」
「くるよ!ユリィ!」
「ええ!」
ポンデシーサーが勝負を仕掛けてきた!
「まずは俺から!」
スキル発動…火炎獅子演舞!
ボスのたてがみが燃え盛る炎のように真っ赤に揺らめき出す。
「あれは何!?」
ユリィと話す間も無く、ボスは攻撃の為に間合いを詰めてくる。
「早い…避けなきゃ!」
ボスはまずラビットシノビに狙いを定めて、鋭い爪先で正確無比に切り裂いてくる。全ての攻撃をギリギリで避け続ける。一度でも当たると大ダメージだ。
「回避が甘いぞ!」
ボスの鋭い突きがサオリの心臓を捉えた。
「くっ…」
咄嗟にシノビ刀を抜刀すると、ボスの爪先をなぞるように沿わせて、攻撃を受け流す。
このままじゃ負ける!
私は脱兎の跳躍で遥か後方に下がる事にした。
「芸達者だな!ラビットシノビの装束を見事に操っているぞ!」
ユリィを見てみる。ダラクノダテンシはボスから大きく距離を取って、身構えている。闇魔術師は回避性能と物理攻撃耐性が低いので、絶対にボスを近づけないようにしなきゃ。
「ライブラリ参照」
名前 ポンデシーサー
体力 23000
属性 火
「サオリ!これがボスのステータスだよ!」
ユリィが宙に大きなステータス画面をマッピングしてくれた。属性は火…なら水属性に弱いはず!
「ユリィの闇魔術の出番よ!」
大地を潤す天空の雨粒よ
我の命に答えよ
濁流となり敵を呑み込め
「アメノミハシラ」
天空の雨雲が漆黒に染まり、憤激の濁流が大地に降り注ぐ!
「ぐっ…弱点属性を突かれたか!」
ボスは降り注ぐ濁流を切り裂きながら持ちこたえているが、燃え盛る炎のたてがみが鎮まりつつある。
ボスに6000のダメージ
残り体力17000
「サオリ!大地は濁流でぬかるんでる!空から攻撃して!」
地面は濁流による浸水で泥沼のようになり、身動きが取れない程だ。空から攻撃なら、あれだね!
スキル発動…ハッソウトビ!
空中に数多の足場をイメージして、飛び石の如く宙を自由自在に駆け巡る。
「ポンデシーサー!覚悟!」
「くそ!」
ボスは両腕でガードの構えをしている。ラビットシノビのシノビ刀がボスに命中する!
ボスに2000のダメージ
残り体力15000
「やった!攻撃命中だ!」
私は再びボスとの距離を取った。
「中々やるな」
堕落の堕天使と脱兎の忍者のコンビネーションは侮れない。地面が先程の濁流を吸い込んで、広範囲に浸水している。
「ならば、俺は海の王者になる!」
スキル発動!遺伝子操作…泥鮫モード!
ボスの肉体が怪しく蠢き出す。皮膚の下にミミズが這いずり回り、肉が盛り上がって、背ビレとダイバーのような足ビレが生えてきた。ボスが顎の関節を変形させて、大きく口を開けると、獲物を噛み砕く鋭いキバがびっしり歯茎の裏側にまで生えている。
「ウサギの肉に食らい付いてやるぞ!」
ボスは浸水する地面の泥沼に飛び込んで、すっかり姿を消してしまった。
「姿が見えない、どこに居るの?」
私は宙の足場に屈んで、息を潜めている。泥鮫は潜伏しながら、ゆっくり獲物を追いかけているようだ。発見されないように、ユラユラと自分の位置を隠している。
ボスと私の根比べかな。先に動いた方が、餌食になってしまう。
「ユリィ、鮫はどうやって獲物をさがし出すの?」
「サメは遥か先の血の匂いを嗅ぎ付けて、獲物に忍び寄り、海上の影を捉えたら一気に浮上して食らい付く。」
「影?しまった!」
泥沼の上澄みは透き通る清流で、淀みなく流れている。泥が微かに波打つと、唐突に浮上してきた!
「ウサギはここだな!」
ボスが私を食べようと勢い良く宙に飛び出すが、寸前に隣の足場へ跳躍する。
「惜しかった、次は食べてやる!」
ボスは再び泥沼に姿を隠してしまった。
どうする?私にはボスの居場所が分からないけど、ボスは影を目掛けて攻撃してくる。
「影か…新しい技を試してみよう。」
スキル:影分身
ラビットシノビの影が無数に現れて、空中の足場を埋め尽くした。
「これで時間を稼ごう」
しかし、ボスは攻撃を仕掛けてこなかった。急に影が増えたから警戒させちゃったかな?
「ユリィ!もう一度、ボスのステータスを見せて!」
「分かったわ。ライブラリ参照」
名前 ポンデシーサー(泥鮫)
体力 15000
属性 土
土属性?てっきり鮫だから水属性だと思ってた。ボスが水属性ならユリィのイカズチで弱点を攻撃できたのに。
「ユリィに良い考えがあるのー」
遠くに居るユリィが大声で呼んでいる。ボスに聞こえないのかな?
「アイツは水中に居るから、地上の声は聞こえてないはずだよー」
「そっか、分かった!」
私も大声でユリィに返事する。
「作戦内容は宙にマッピングするから、読んでねー」
「了解!作戦開始だね!」
俺は見通しの悪い泥を掻き分けて泳いでいる。ウサギの忍者…ハンターの片割れを返り討ちにしてやるためだ。
俺は誰にも負けない、このサイバーDIVEで最強の存在だった。ホビットウイルス研究所を襲撃した時も、他の誰よりも沢山の敵をキルして、遺伝子操作スキルを盗んだ。一緒に襲撃した連中とはそれきり音信不通で、誰にも見つからないように最果ての地に住んでいる。
ここは唯一、追われずに落ち着ける場所だ。そんな場所にハンター達は懲りずにやって来る。どんな理由であれ邪魔する奴は俺の餌食となる。
「さて、頭上に影が複数見えるな。」
どこにラビットシノビが潜んでいるか、勘で食い付いてみるか?
「ん?影が消えていくのか」
沢山の影が一つに重なっているようだ。
「影は一つ、ラビットシノビはあそこに居るな!」
ボスは水面に目掛けて急加速する!
「これでゲームオーバーだ!喰らえ!」
淀んだ泥から顔を出すとそこに居たのは…
「ダラクノダテンシだと…ラビットシノビじゃないのか、だが!このまま食らい付くぞ!魔術師は物理攻撃に弱い。自分で死地に飛び込んだか!」
顎の関節を変形させて、攻撃の準備を整えた。
「無数の牙見せ付けてやる!」
「それを、待っていたわ!」
何か持っている…あれは竹包か?
「忍者が携帯するバクレツ火薬入りだよ!」
良く見ると、ダラクノダテンシがラビットシノビを抱き抱えている。
「これでも食べてね!」
バクレツ火薬入りの竹包を口の中に投げ込まれた。まさかダラクノダテンシが危険を侵して近づいたのは!
「ホムラの炎を喰らいなさい!バーニングトーテム!」
片手を突き出して、掌から激しい炎が噴き出してくる。火薬を爆発させるには充分だ!
「至近距離での爆発!」
激しい炎が牙を焼き尽くし、火薬が体内で炸裂して猛烈な燃焼エナジーを放出する。
喉が焼ける。体内が焼き尽くされて、細胞の再生が追い付かない。俺はホムラの炎で焼き尽くされた。
激しい爆発は私達も呑み込む。凄まじい勢いで吹き飛ばされた私達は何とか着地出来た。
「ユリィ、大丈夫?」
「深淵の眠りが訪れそうよ…」
「冗談を言えるなら平気かな?」
凄い爆発だったけど、あれなら相当なダメージを与えたはずだ。
「やだ、衣装にススが付いたかしら…さて、ライブラリ照合」
名前 ポンデシーサー
体力 3000
属性 火
「沙織ちゃん、ボスはまだ倒れてないよ。」
あれだけの爆発を浴びたのに。凄い生命力だ。黒煙が立ち上る場所に奴は佇んでいる。ユラユラと蜃気楼のように真っ白なたてがみをなびかせて、全身焦げながらも鋭い爪だけは鈍い光を放っている。眼光鋭い獅子の眼差しは敵意に満ちて、私達を捉えている。
「堕落の堕天使と脱兎の忍者!次が最後の攻撃となるだろう。次の攻撃を命中させた方が勝者だ!」
「ユリィ、私が戦うよ。」
「サオリ、気を付けて、弱ってるけど何だか恐ろしいよ。」
私も感じている。ステータスに現れない意思の強さが私達を威圧している。
「スキル発動…火炎獅子演舞」
獅子のたてがみは真っ白のままだけど、心を焦がすホムラの炎が彼を支配している。
「シゲジィさん…力を貸して」
脱兎の忍者の周囲に晩秋の木枯らしが吹き荒れる。同時にシノビ刀を抜刀すると、しなやかな風が刀を包み込んでいく。
「あれは…刀に風を纏わせているのか?」
「シノビ刀。字は風雪刃。風属性のシノビ刀で貴方の燃え盛るホムラの炎を吹き飛ばしてあげる。」
「誰のせいでこうなったと思ってる」
「…いくよ」
いつの間にか風が止む
辺りを静寂が支配する
どちらも動けない
間合いを探りあっている
勝負は一太刀で決まる
水の一滴が水面にポツリと落ちると、その刹那にお互いの刃が交差して、勝敗は決した。
ボスに3000のダメージ
残り体力0
「やったわ。ボスを倒したのね!」
遠くから見守っていた私の目には仰向けに倒れるボスと立ち尽くす沙織ちゃんが見える。
「沙織ちゃーん!大丈夫ー!?直ぐに行くからねー!」
ダラクノダテンシは駆け足でラビットシノビの元へ駆け寄った。
俺は負けたのか
不思議と悔しさは無かった
風雪刃の太刀筋が余りに見事だったので、見惚れてしまった
獅子のたてがみは変わらない
俺のホムラの炎は空に飛んでいったようだ
このまま眠ろう
その時、絶望の信徒が忍び寄って来た。
「何か…おかしい!」
ボスの周囲に黒いフードを被った奴らが居る。ボスは暗闇に包まれているようだ。フィールドは緑が枯れ果て、空は明るいのに周囲に暗闇が立ち込めた。さらに耳元で囁くような微かな歌声が聴こえる。これは…
「深淵の闇から鳴り響く、ダークサイドの残響」
「ダークサイドの残響?」
「そう、人間が持つ光と闇…それらは普段表に出すことは少ないけれど、誰にでも存在する。」
「隠した闇は寂しがりや…構って欲しくて唄うの、心の中でひっそりとね。」
ダークサイドの残響がボスを包み込む。子守唄のように甘美な時間を過ごした彼はいつの間にか心に秘めた闇を表す。
「俺はまだ負けてないぞ」
ボス戦はまだ終わっていない、ここからが本当のボス戦なんだ。
私達は合流してボスと再び対峙する。
「ライブラリ照合」
名前 獣人メネア
体力 48000
属性 ※※※※
「属性が隠されてる!なら、先手必勝よ!闇魔術スキル発動…高速詠唱!
漆黒のよぞらをオオウ‥ヤヤアナコタサアハタナラヤチ‥眼下の敵に審判の時が訪れる。」
天界の神々がこの世の終わりに下す、裁きのイカヅチ
善き人間も悪しき人間も等しく裁きを受ける
悪しき人間は命乞いをする
善き人間は自分だけは助かると信じてる
善悪なんて神々には無価値
人の世のルールなんて創造主は無関心
子供同士のルールなんて大人達には関係無い
神の慈しみを忘れし子羊達よ
原罪の戒めからは逃れられない
「イカズチ系魔術の最高位…ライトニングボルト!これなら一撃で倒せるわ!」
ボスに32000のダメージ
残り体力…16000…329516754597…
「そんな、体力パラメーターが暴走してる!」
ECHOR NUMBER EXEPTION ERROR CODE 428
プログラムに深刻なバグを検出しました。全ての攻撃結果が正しく反映されません。サポートデスクにバグの内容を送信して下さい。不具合が解決するまでゲームを中断して下さい。繰り返します…
いくら攻撃しても、ダメージが通らないって事はボスを倒すことは出来ない。ゲームとしてのルールが崩壊している。
「プログラムにバグ?そんなのプレイヤーにはどうしようも無いよ…」
はっきり言おう、ズルイ。
「こんなゲーム…どうすればクリア出来るの?」
「沙織ちゃん!聞いて!ボスは一人、でも沙織ちゃんは違う。自分を信じて…友達を信じて!」
ユリィが教えてくれている。大切な事を…友達…ユリィ…百合ちゃん!
「友達…そうか、これなら!」
「さあ…無駄な悪あがきをするな。沙織、お前はここでゲームオーバーだ!」
ボスは私に向かって高らかに勝利宣言をする。そんな相手に、シノビ刀を突き付けた。
「あのね、沙織はゲームが大好き。リアルとは違う自分になって、色んな世界を冒険する事にワクワクするの。
そして、ユリィ…百合ちゃんは本が大好き。物語の主人公に感情移入して、不思議な世界に没頭する事が楽しいの。語りかけてくる文字…それが本、だったら沙織は本の…文字の力で、このボス戦を攻略する!」
「文字の力?馬鹿馬鹿しい!ゲーム世界では能力こそ全てだ!最強の装備!最強のスキル!そしてゲームプログラムすら改ざん出来る。これが創造主の権限、この世界は俺の思い通りだ!言葉なんて無力!説得でもしてみるか?そんなモノ俺の能力で吹き飛ばしてやるぞ!」
ボスの周りに再び闇が現れ、ノイズ交じりの残響が響く。
「無限パラメーターを攻撃力に割り振り、再び暴走させる!即死のダメージ量となる。これでゲームオーバだ!」
「避けて!沙織ちゃん!」
凄まじい闇の波動がラビットシノビに直撃した。
「勝った。ん…何だ?」
「うつせみの計…敵の攻撃を一度だけ無効化するよ」
「脱兎の忍者がまだスキルを隠し持ってたか。確かにスキル自体は数字項目の影響を受けない。」
「ユリィ!もう一度だけ、魔術詠唱をお願い!」
「えっ、でも私の攻撃はボスには効果が無い…数字のダメージはバグによって無効にされるから…」
「大丈夫!信じて!」
「うん…分かった」
ダラクノダテンシが神々と契りを結ぶ
漆黒の夜空を覆う雷鳴よ
我の命に答えよ
天を切り裂き大地を轟かせよ
「この詠唱は…またも懲りずにイカズチ系魔術か。
ん?おかしいな…イカズチ系魔術は膨大な魔力を消費する。連続での魔術を使用するには魔力が不足してるはずだ。さらにダラクノダテンシの魔術詠唱は先程より短かった。
つまり、大規模攻撃が目的ではなく、状態異常が目的か!攻撃が駄目なら、麻痺させて行動を封じる作戦だな。
しかし、呪文詠唱中は本人が無防備だぞ!甘かったな!」
ボスは一気にユリィとの距離を詰める。攻撃の間合いに入った!
「喰らえ!」
「ユリィには指一本触れされないよ!」
疾風のごとく現れたラビットシノビがボスに接近する。
「いつの間に、至近距離まで!しかも、奴が持ってるシノビ刀…何かを纏わせている。あれは、何だ?」
え淵堕ユ落よ獄ダ堕ね深イ天や獄リわ猛も
「でたらめな文字?文字だと!しまった、ユリィの魔術詠唱を警戒しすぎた!
本当に警戒すべきは文字そのもの!奴のシノビ刀には、さっきユリィが唱えた呪文の文字を纏わせてある。」
あの文字をバグで構成された無限パラメーターに注入されたらどうなるか?
プログラムにおいて数値と文字は型によって厳密に区別される。もし数値の計算に文字を注入しようとすると、通常エラーになる。何らかの原因でエラーをすり抜けるとシステムはクラッシュする。つまり、文字で攻撃する事だけがボスを倒す唯一の手段なのだ。
「早く無限パラメーターを解除せねば…やられる!」
「遅いよ!ラビットシノビは素早いから!」
ラビットシノビの斬撃と文字がボスの無限パラメーターをクラッシュさせた。ボスの周囲にノイズが走る。エラーは出ない。間違えを正すチャンスも与えられない。
「動けない…動けない…このゲーム世界に存在出来なくなる。俺は負けるのか、ズルまでして、闇に染まって、手に入れた能力なのに…ふふふ、やるではないか!
沙織!ユリィ!だがな、これだけは覚えておけ!俺はこのゲームのボス…つまりサイバーDIVEのプログラムだ。ゲーム世界に存在する森羅万象がプログラムとすれば。沙織、お前自身は本当に現実世界に存在してるのか?」
「えっ、どういう意味?」
ボスはフィールドに漂う闇に呑み込まれ、永遠にゲーム世界から消滅した。
足元にマスターの記憶の欠片を残して。なぜだろう。あんなに欲しかった欠片を手に入れたのに、知りたくなかった事を思い知らされたのかもしれない。
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